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映画『学校2』障害児と健常児が共に過ごせる教育は可能か

学校
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作品概要

映画『学校II』は1996年10月19日公開のシリーズ2作目。北海道に実在する高等養護学校を舞台に、様々なレベルの障害をもつ子どもたちの入学から卒業までの軌跡を描く。

山田洋次監督は前作の『学校』に続いて入念な取材を行い、当時の在校生たちのエピソードをもとに養護学校のリアルな教育風景を提示した。

西田敏行の娘役に浜崎あゆみや生徒役に小籔千豊が出演し、安室奈美恵 with SUPER MONKEY’Sのライブシーンなど注目ポイントも多い。

主なキャスト

  • 青山竜平(教師):西田敏行
  • 北川玲子(教師):いしだあゆみ
  • 小林大輔(教師):永瀬正敏
  • 緒方高志(生徒):吉岡秀隆
  • 久保佑矢(生徒):神戸浩

あらすじ

北海道の竜別高等養護学校には、様々な障害を抱えた子どもたちが入学してくる。いじめによる心の傷がもとで言葉を発せなくなった高志や、暴れたり脱糞することでしか感情を表現できない佑矢など、症状もキャラクターも千差万別。

養護学校の教師たちは、ひたすら子どもたちと向き合い、彼らがなにを感じてなにを訴えたがっているのか理解しようと奮闘する。

感想・レビュー

1994年、山田洋次監督は北海道滝川市市民ホールで開かれた映画『学校』の上映会に出席。その夜、監督は高等養護学校に勤める2人の教師と出会いました。

それまで養護学校の存在を知らなかった監督が「どんな苦労がありますか」と尋ねたところ、「やっぱり、佑矢かな」と2人は顔を見合わせて答えたそうです。

佑矢くんはうまく話すことができないため、不満があると暴れたり、モノを壊したり、走り回ったり、おしっこやうんちを垂れ流してしまいます。今作で神戸浩が演じた佑矢は、その生徒がモデルとなりました。

竜別高等養護学校のロケ地となったのは、北海道雨竜高等養護学校。ここの教師や職員、生徒たちが協力しながらの撮影となりました。劇中に起こるエピソードも、実際にあったことがたくさん盛り込まれています。

入学式のあとのホームルーム、とつぜん佑矢は教室を飛び出していき、新任教師の小林が追いかけます。そのとき小林役の永瀬正敏が言った「つかまえてください」というセリフに、現場の先生方は「ぼくたちは“捕まえる”という言葉は絶対に使わないんですけど……」と申し出たそうです。

つかまえるという言葉は悪い人を捕らえること。生徒はなにかを訴えたくて走りだしているだけなのだから、教師は追いかけて抱きとめるだけだと言います。

今作にはモデルとなった佑矢くんも大勢の中に紛れて出演しているそうですが、西田敏行が演じる竜先生のクラスにいる陽気な向井くんと物静かなもとこちゃんは、実際に在校していた生徒です。

なぜ高志と佑矢は寮から抜け出したのか?

後半で吉岡秀隆が演じる高志は佑矢を連れて、旭川で行われた安室奈美恵 with SUPER MONKEY’Sのライブに出かけます。そのあと2人はホテルに勤める先輩を訪ね、温泉に入って社員寮で一泊。

翌日になっても2人は学校へ戻ろうとせず、途中で出会った人たちに気球に乗せてもらうという意外な体験をします。

この演出はファンタジーすぎて、それまでのリアルな描写と比べると違和感があります。しかし、ふだんの障害児たちは自由に行動できずにいる。だから映画の中くらいは思い切り羽目を外させてやりたいというのが山田監督の意図でした。この演出は現場の先生方からも喜ばれたそうです。

養護学校の先生たちにとって、卒業式はめでたくない?

卒業式といえば新しい門出のめでたい日ですが、養護学校の先生たちにとっては素直に喜べない日でもあるようです。

生徒たちは学校にいるあいだは先生たちに守られている。しかし、明日から社会出たら厳しい現実が待っている。そこではまた差別を受けることもあるだろう。それを思うと、3年間の月日を一緒に過ごしてきた先生たちは手放しで喜ぶことができません。

竜先生が生徒たちに「卒業なんかするな、もっとここにいろ!」と泣きながら叫んだのも、じっさいに先生が言ったセリフがそのまま使われました。

養護学校が抱える問題とは?

撮影当時、雨竜高等養護学校では1クラス10人ほどの生徒たちを3人の教師が受け持っていました。単純計算すると生徒3人に先生1人ですから、かなり密度の高い体制がとられています。

それでも先生1人ずつにかかる負担は普通学校の比ではないことは本作を観れば一目瞭然。障害児をケアするには、それだけ大きなマンパワーを必要とします。

その一方で、山田監督は養護学校という存在そのものに問題があると指摘します。それは、障害児を養護学校という場所に押し込めてしまうことです。

そのことで健常児は障害児を自分たちとは違う存在だと思ってしまう。それは健常児たちの情緒を育てる上でも大きなマイナスだと言います。

東京新聞のWebサイトにこんな記事がありました。

国連が日本に「特別支援教育の中止」を勧告 欧米は障害児と健常児がともに学ぶインクルーシブ教育が浸透 日本の現状と対応は?

この記事によると、2022年に国連の障害者権利委員会が日本政府に対して、障害児を分離した特別支援教育の中止などを求める勧告を発表したとあります。

また、国連は障害児と健常児が共に学ぶ「インクルーシブ教育」を掲げ欧米などで浸透しているが、日本では十分に進んでいない、とも書かれています。

これにはたくさんの問題点がありすぎて、ここでは逐一書ききれないでしょう。ただ、今の日本の教育システムで欧米のような「インクルーシブ教育」は困難だろうと思います。

普通学校の教師たちの負担が増えるという問題もありますが、それよりもっと根深いのは、子どもたちのなかにある差別意識です。

健常児のあいだでもイジメがあとを絶たない環境の中に、障害児を入れてしまえばイジメのターゲットにされてしまう可能性はかなり高いと思わざるを得ません。

ぼくが小学生のころクラスに障害のある女の子がいましたが、とくに男子たちからは嫌がられて心ない態度をとられていることが多々ありました。また、市内にある聾学校からも数週間だけ生徒を受け入れたことがありましたが、結局はあまり他の生徒たちと馴染めないまま聾学校に帰っていきました。

健常児も障害児も、共に同じ空間で生きていけるのは理想です。しかし、そうなるのはかなり難しいのが現実でしょう。

欧米のようなある程度個人が確立している国で「インクルーシブ教育」が浸透しているからといっても、異質な存在を排除したがる日本でも取り入れられるという単純な理屈では済まないように思えます。

この国の学校教育にある根本的な問題は、明治から続いている旧態依然としたシステムです。大勢の子どもたちを集めて画一的な「処理」を施すままでは、「インクルーシブ教育」や「イジメ」の問題は解決しません。

今の硬直化した学校システムは根本的に改革しなければ、健常児だろうと障害児だろうと、日本の子どもたちは幸せになれないんじゃないかと思います。障害児教育という範疇に留まらない、もっと根の深い教育問題に目を向ける必要があります。

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