作品概要
映画『故郷』は1972年10月28日に公開された、山田洋次監督による「民子三部作」の2作目。
大資本によって家族経営の仕事が淘汰され、慣れた土地や仕事を捨てなければならなくなった家族の姿が描かれています。
主なキャスト
- 民子:倍賞千恵子
- 精一:井川比佐志
- 仙造(精一の父):笠智衆
- 健次(精一の弟):前田吟
- 松下(魚屋):渥美清
あらすじ
瀬戸内海の小島で暮らす民子は、夫の精一と小さな運搬船で埋め立て用の砕石を運んで生計を立てていた。しかし船の老朽化や運賃の下落などで仕事は行き詰まり、精一は住み慣れた島を離れて尾道の造船場で臨時工として働くことを決心する。
感想・レビュー
前作の『家族』は、九州に住む家族が新天地を求めて北海道へと渡るロードムービーでした。その背景にあるのは、経済成長の下で壊されていった日本人の暮らしです。今作は大資本によって家族経営が淘汰されていく様子が、『家族』よりも具体的に描かれています。
精一と民子は砕石運搬船の仕事で生計を立てていますが、燃料の値上がりや運賃の下落、船の老朽化などが重なります。しかし船を修理するにも大金がかかるうえに、小さな石船では先細りするのが確実。忸怩たる思いを抱えて荒れる精一でしたが、とうとう呉の造船所で働くことを決意します。
精一は呉の造船所を見学に訪れますが、そこは暗くて騒がしいところでした。昼のサイレンが鳴ると、ドブネズミ色の作業服が一斉に群れを成して食堂へと流れ込んでいきます。そんなシーンを見ていると、こちらまで憂鬱な気分にさせられます。
というのは、ぼくも一時期そんなところで働いたことがあるからです。早起きしてドブネズミ色の作業服を着こみ、底の堅い安全靴で毎日残業を強いられた日々は、いま思い出してもウンザリさせられます。あのドブネズミ色の作業服は、人間からポジティブな感情など一切奪ってしまうようでした。
大好きな広い海で民子と夫婦水入らずで過ごしてきた精一にとって、これから自分も船を降りてドブネズミの一匹になることはやりきれない気持ちだったでしょう。工場見学の帰り、食堂でハンバーグを食べる精一は「うまいのぉ」と言い、民子は「半分食べなさい」と自分の分をあげます。
海を捨てても工場で働けば、こうしてたまにはハンバーグが食べられる。子どもたちにもハンバーグを食べさせてやれる。精一はそう自分に言い聞かせているようで、そんな気持ちを民子もわかっているようです。
工場見学のあと、精一はいつも新鮮な魚を届けてくれた行商の松下に島を離れることを伝えます。いままで方々を流れてきた松下は、ここはいいところだと言います。そして、どうして住み慣れたところを離れなければならないのか? と素朴な疑問を口にします。
これはサラリーマンも同じですね。社命ひとつで縁もゆかりもない土地に転勤させられる。そんな転勤に意味があるのかといえば、ほとんどの場合ありません。カードをシャッフルするように、ただ社員を組織の中で回流させるだけ。それでも社員は生活のため、不本意でも受け入れるしかありません。
最近は昇進に制限がつくなどの条件つきで、転勤を断れる会社も増えてきました。本来は生きるためにしているだけの仕事なのに、いつの間にか日本人は仕事のために生きるように飼い慣らされてしまいました。
前作『家族』のレビューにも書きましたが、昔は精一と民子のように夫婦で生計を立てている家族が珍しくありませんでした。ぼくが子どもの頃も近所には、商店や理髪店、文房具店、クリーニング店など、その家のおじさん・おばさんが働いている小さな店がたくさんありました。
しかし、そうした小さな店も大型スーパーやチェーン店が進出すると、まるでロウソクを吹き消したように消えてしまいました。その店の人たちは、自分たちを潰した大手資本に雇われながら生きていくことになったのでしょう。
民子、大きなもんたぁ、なんのことかいの? みんな言うじゃろうが、時代の流れじゃとか、大きなもんには勝てんとか。そりゃあ、なんのことかいの。大きなもんたぁ、なにを指すんかいの。なんでわしら、大きなもんには勝てんかいの。なんで、わしゃ、この石船の仕事を、わしとおまえで、わしの好きな海で、この仕事を続けてやれんかいの。
最後の仕事を終えたあと、石船を走らせる二人の目には、浜辺で燃やされている小さな船が見えました。長いあいだ暮らしを立ててくれた船を燃やす人にとっては、我が子を荼毘にふすような気持ちでしょう。その様子を見ながら精一は、どうして住み慣れた土地で、好きな仕事をして生きていけないのかと理不尽な思いを吐露します。
精一も民子も今よりラクになりたいとか、もっと稼ぎたいとか思っていたわけじゃなく、ただ今日も明日も、家族で毎日を同じように暮らせていけばよかっただけです。それなのに、どうして「大きなもん」とか「時代の流れ」なんていうものに今までの暮らしを奪われなければならないのか? それは不安定な時代を生きるぼくたちが、今一度、考えてみなければならないことじゃないでしょうか?
倍賞千恵子の「何かをしながら」の演技が絶品!
『男はつらいよ』など他の作品にも言えることですが、倍賞千恵子は「何かをする」演技がウマイのではなく、「何かをしながら」の演技がバツグンにじょうずな女優さんです。今作でもおにぎりを食べる精一のかわりに隣りから舵を動かしたり、子どもをあやしながら足で舵を操作するシーンがあります。
いつも彼女の芝居を観て感心するのは、まるでその動作を何年も続けてきたかのように自然に演じているところです。それができるようになるには、台本に書かれているセリフを言ったり動いたりするだけじゃなく、その役のキャラクターを細かいところまで考えているからでしょう。
何気なく振る舞っているように見える演技がうますぎて、あたりまえに見えるから、倍賞千恵子がスゴイ女優だと意識しないで観てしまいます。そうしたところを、あらためて意識しながら見返してみるのも、今作の楽しみ方一つです。

