作品概要
「男はつらいよ 知床慕情」は1987年8月15日公開のシリーズ38作目。北海道の知床を舞台に、虚栄のバブル景気の裏で衰退していく地方の様子を描きます。
マドンナは2度目の登場となる竹下景子、他に三船敏郎や淡路恵子など大御所俳優の共演も見どころです。
評価:★★★★☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- あけみ(タコ社長の娘):美保純
- 題経寺の御前様:笠智衆
- 源ちゃん(寺男・寅の舎弟):佐藤蛾次郎
- 悦子:淡路恵子
- 上野順吉:三船敏郎
- 上野りん子:竹下景子
あらすじ
寅次郎が柴又に帰ると、おいちゃんは肺炎をこじらせ入院中。そのあいだ臨時休業していた「とらや」を開けることにしたが、帳場を任された寅次郎はじっとしていられず遊びに行ってしまう。その態度に呆れ果てたおばちゃんは、とうとう店をやめると言いだした。
家の一大事でも役に立たず逃げるように旅立った寅次郎は、北海道の知床で上野という家畜相手の獣医と知りあい居候になる。上野は偏屈な性格で街の人たちから嫌われているが、居酒屋「はまなす」の雇われママ悦子だけは身の回りを世話してくれている。
そんなとき、上野の一人娘りん子が結婚に失敗して帰ってきた。上野は反対を押し切って結婚したりん子と二人きりになるのが居心地悪く、寅次郎にもう少しいてくれと頼む。
感想・考察
柴又駅から旅に出る寅次郎は満男に「立派な人間になってお母さんを安心させろよ」とエラソーに言いますが、逆に「伯父さんも少し反省しろよ」と言い返されてしまいます。甥っ子の一言にかなりご立腹でしたが、小言の一つや二つで改心するような寅次郎ではありません。
旅先では気のいい男である寅次郎ですが、地元じゃ誰もが認めるダメ人間。このころは、そんな男でも生きていけるだけの隙間があった最後の時代だったのかもしれません。
偏屈で不愛想を絵に描いたような獣医の上野は、一人娘のりん子が帰ってくると聞いたとたん掃除を始めたり、髭をそって新しいシャツに着替えるなど不器用な愛情を見せます。娘を持つ身としては、クスっと共感できるところです。
また、寅次郎が漁船で知床半島を巡るシーンを見ると、2022年に起きた遊覧船の沈没事故を思い出します。その2年前に予約を入れたことがありますが、乗客が集まらないからと向こうからキャンセルされたことがありました。今にして思えば、キャンセルされて良かったです。
中小企業のあと継ぎ問題
おいちゃんとおばちゃん最大の悩みは、あと取り問題。あと取りを名のる寅次郎は年じゅうフラフラして、いっこうに家業を継ごうとはしません。ふだんは考えないようにしていても、こうして病気のときは先行き心細くなってしまいます。
臨時休業していた「とらや」を開けるとなっても、寅次郎はすぐに飽きて遊びに行ってしまう始末。そんな「あと取り」の不甲斐ない態度をなげくおばちゃんに、タコ社長は「この界隈で店や工場をやってる奴は、一日に一度はやめようかと考えるんだ。しかし、それでほんとうにやめたら日本の中小企業はどうなる!」と熱く力説。どうやら、おばちゃんにかこつけて自分を鼓舞していただけのようです。
「とらや」のように経営者が高齢化しても、先行きの不安から家族や社員があとを継ぎたがらないケースが増えています。そのため中小企業専門に合併・買収をマッチングするサービスが利用されていたり、政府も生産性向上の観点から中小企業の合併・買収を推進しているのが現状です。
そもそも国がまともな経済政策を行えば中小企業も生き残れるんですが、経済学のケの字も理解できない国会議員のセンセーたちに期待してもムダでしょうね。
バブル景気に突入した日本経済
逃げるように北海道に渡った寅次郎が札幌の大通公園で売っているのは、ゴッホの「ひまわり」の複製画。本物の「ひまわり」は、この年に安田火災海上保険(現・損保ジャパン)が約58億円(当時)で落札。バブル景気への突入をあらわす象徴的な出来事でした。
その一方、知床で知り合った獣医の上野は「(乳牛の)乳量が月300キロを割ると屠殺場いきだ。人間でいえば役に立たん人間は切って捨てろということだ」と、農政が抱える問題を寅次郎に語ります。
実家ですら役に立たない寅次郎は「オレなんか切られちゃうな」と自分ごととして理解します。バブル景気がはじけたあとはリストラが横行し、まじめに働いても企業や社会から切り捨てられた人たちが急増しました。
2008年のリーマンショックのあと、解雇された派遣社員などが日比谷公園に設けられた「年越し派遣村」に集まったことは、まだ記憶に新しいできごとです。りん子のように故郷に帰れる人はいいですが、帰る家がない人にとって、この国で生きるのはムリゲーに近いものがあります。
ちなみに、乳牛一頭あたりの乳量は1965年の月産354キロから、2020年には734キロに倍増しています。牛の品種改良や技術革新の成果ですが、その裏では離農する小規模な酪農家も多くありました。劇中でも離農していく一家と上野があいさつを交わすシーンが印象的です。
家畜相手の獣医師不足
居酒屋「はまなす」のママ悦子が「都会で犬猫相手の病院でも開いたら?」と言うと、上野は「そんなママゴトみたいな真似ができるか」と吐き捨てます。
獣医師は毎年1,000人ほど誕生していますが、そのうち牛や豚など家畜相手の獣医師になる人は10~15%程度。管轄地域が広くて一日の移動距離が長いとか、カネにならない相談や衛生指導が多いなど、労力の割には報われない働き方が原因のようです。
せっかく資格を取って獣医になったらラクで儲かるほうがいいのは当然なので、イヌネコ病院の獣医を非難することはできません。しかし、家畜相手の獣医師を増やすには思い切った待遇の改善しかないでしょう。
このレビューを書いている2023年春の北海道では鳥インフルエンザで大量のニワトリが処分され、店頭からタマゴが消える事態になっています。安心・安全・安定的な食糧供給のためにも、偏り過ぎている獣医師問題の解決は急務ですね。
男だからって黙ってちゃわかりません
上野は店を辞めて新潟へ帰るという「はまなす」のママ悦子に「行っちゃいかん。許さん」と言うだけ。そのぶっきらぼうな態度から上野の本音を察した寅次郎は「反対するわけをちゃんと言え、男らしく!」と、けしかけます。
これは上野を演じる三船敏郎が1970年に出演した「男は黙ってサッポロビール」のCMにかけたジョークですね。
寅次郎が上野にちゃんと気持ちを伝えろとけしかけたのは、29作「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」で、自分が好きな相手に伝えられなかった反省もあったからでしょうか。そのくせ、今回もりん子に気持ちを伝えられずに終わっています。
今作でマドンナりん子を演じた竹下景子は、32作「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」に続いて2度目の登場。彼女と「ハマナス」のママ悦子を演じた淡路恵子は、このあと41作「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」にも登場します。

