作品概要
映画『男はつらいよ』は1969年8月公開のコメディー人情劇。
「フーテンの寅」ことテキヤの車寅次郎が女性に惚れては失恋を繰り返しながら、ときに周囲の人々とぶつかり、ときには心を合わせる古き良き義理人情の世界が描かれています。
本作は26話で完結したテレビドラマ版からキャスティングや設定を変更して、後に50作まで続くことになる「寅さん映画」の記念すべき1作目となりました。
評価:★★★★★
主なキャスト
- 車寅次郎:渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):森川信
- つね(叔母):三崎千恵子
- タコ社長(裏の印刷工場の経営者):太宰久雄
- 題経寺の御前様:笠智衆
- 源ちゃん(寺男):佐藤蛾次郎
- 諏訪飈一郎:志村喬
- 冬子(マドンナ、御前様の娘):光本幸子
あらすじ
物語は主人公の車寅次郎が、20年ぶりに故郷の葛飾柴又へ帰ってきたところから始まります。腹違いの妹さくらの結婚話を軸に、わずか91分の中にいくつもの見どころが畳み込まれたスピーディーな展開が圧巻です。
というのも、本作はあらかじめシリーズ化を予定していたわけではなかったので、山田洋次監督もこの1作限りのつもりで様々なエピソードを詰め込んだためです。今では2時間以上の映画もザラですが、1時間半でもこれだけの見どころがギュッと詰まった作品ができるという脚本・編集の巧みさが見事です。
感想・考察
一つの作品にはいくつもの違った見方がありますが、本作では「貧しさ」と「格差」がキーワードになっていると感じました。とくに、それらの昭和と現在との違いについて考えさせられます。
本作では妹さくらの見合い相手である裕福な御曹司一家と、印刷工場で働く青年たちが対照的に描かれています。今ふうに言うと、上級国民 vs 下級国民といったところでしょうか。寅次郎も自分がテキヤであることは棚に上げて、さくらは大卒のサラリーマンと結婚させると言って工員たちを追い払ったりします。
印刷工場に住み込みで働く工員たちは、時代的に考えると集団就職で上京してきた若者たちかもしれません。当時の日本は高度経済成長期。とくに大都市圏は人手不足だったため、地方の農村部に住む中学卒業を控えた子どもたちは「金の卵」と言われていました。学歴はなくても将来は結婚して家族を持ち、ささやかでも幸せな人生を送れると希望をもっていられた時代だったのでしょう。
今では学歴があっても非正規労働者として働かざるをえないことも珍しくありません。また、「とらや」のような家族経営の商店も町の中から姿を消しました。ボクが幼かった70年代は、近所に団子屋、駄菓子屋、文房具屋などの小さな店がたくさんありました。個人が少し頑張れば、まだ自力で生きていけた時代だったと言えます。
しかし今では、よほど商売の才覚や後ろ盾がない限り、多くの人たちは資本に消費されるだけの働き方を強いられます。まさに主題歌の歌詞にあるように「奮闘努力の甲斐」もない時代です。現代は寅次郎のように自由な生き方も、博のように地道に働いて報われる生き方も不可能に近いかもしれません。
きっと、いつかは幸せになれる。そんな希望のあった昭和の貧しさと、絶望しかない令和の貧しさ。そんな気持ちで観ると、ちょっとブルーな気持ちになってしまいます。
とは言え、そんな深読みをしなければコメディーとしての本作は秀逸な作品です。ドタバタな展開とホロリとする悲喜こもごものコントラストはシリーズをとおしての共通項ですが、本作ではそれらがとくにスピーディーに展開して、ひと時も退屈することのない91分が楽しめます。
シリーズの後半では寅次郎を演じる渥美清も加齢と病のために動きが衰えてしまいますが、本作はノリに乗った活きのいい寅さんが楽しめます。もし、まだ『男はつらいよ』を観たことがなければ、ぜひこの1作目だけでも見てはいかがでしょうか。

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