作品概要
「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」は1983年12月28日公開のシリーズ32作目。寅次郎は岡山でニセ坊主となり、法事に来た妹夫婦を振り回します。
マドンナは「息子のお嫁さんにしたい女優No.1」と言われた人気絶頂期の竹下景子。共演は中井貴一、杉田かおる、長門勇ら。
今作では、日本の仏教ってなんだろう? 技術革新は誰得なのか? と考えてみました。
評価:★★★★★
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- 和尚:松村達雄
- ハンコ屋の主人:長門勇
- 一道:中井貴一
- ひろみ:杉田かおる
- 朋子:竹下景子
あらすじ
寅次郎は博の父・飈一郎の墓参りのため、岡山県の備中高梁を訪れた。寺の和尚に招かれて一晩世話になるが、翌朝、和尚は二日酔いで檀家の法事に行けなくなってしまう。
「寺の前で育ったので法事の真似事くらいは」と代役を引き受ける寅次郎。和尚の娘・朋子は心配するが、「天に軌道があるごとく」といつもの調子ではじめた寅次郎は参列者を笑わせ大成功!
間もなく飈一郎の三回忌法要のため、さくらと博も備中高梁を訪れる。法要が始まると坊主姿の寅次郎があらわれ、事情がわからず当惑するさくらたち。
ある日、和尚は寅次郎を婿養子にしようかと朋子に言う。それを聞いた寅次郎は置き手紙をのこして柴又へ帰ってしまった。朋子は寅次郎の気持ちを確かめるために上京するが……。
感想・考察
寅次郎のニセ坊主は仏教界へのアンチテーゼ?
法要のあとの食事の席で博が実の兄を「兄さん」と呼ぶと寅次郎がつい「なんだ?」と答えてしまうなど、法事のシーンは今作でもっとも笑えるところ。
なぜ坊主姿なのかと、さくらが寅次郎を問いただすシーンでは、二人とも噴き出して何度もNGを出してしまったそうです。※「倍賞千恵子の現場」(PHP新書)より。
さて、寅次郎が置き手紙をのこして柴又へ帰ったのは、寺の娘である朋子と結婚するために、手っ取り早く僧籍を得る方法はないか家族と相談するためでした。
しかし仏道修行をしてみたものの、文字どおり三日坊主で脱落。仏の道を諦めた寅次郎は、同時に朋子のことも諦めなければなりませんでした。
と、ここで疑問が浮かびます。
朋子の父は、後継の住職をよそから迎えればいいだけではないでしょうか?
そもそも寺の住職は世襲が多いというだけで、後継者は他人でもいいわけです。ぼくたちも寺は世襲があたりまえと思い込んでいるから、そこに気づきにくくなっているんですね。
もし、和尚が身内に寺を継がせることを諦めさえすれば、朋子も自由になって寅次郎と一緒になれたわけです。もちろんコメディーで、それを言っちゃあおしまいですが。
そして寅次郎がニセ坊主でも人気者になったのは、日本の仏教界に対する諷刺のように思えます。
法事では寅次郎の話にみんな大笑い。ハンコ屋の主人は住職の話なんかより寅次郎のほうがおもしろいと、お布施まではずんでくれました。
もちろんコメディーならではのエピソードですが、これは単なる葬式商売でしかない仏教界への批判とも見ることができます。
訳のわからない経を読み、つまらない話をするだけ。そのくせ、布施だ戒名だとカネばかりとる。そして「葬式仏教」だの「葬儀屋の下請け業者」と言われて恥とも思わない体たらく。
今作で寅次郎がニセ坊主を演じているのは、そんな日本の仏教界に対する強烈な皮肉と見ることができます。
ちなみにハンコ屋の主人を演じた長門勇は、ドラマや映画で活躍した昭和の名脇役。古谷一行が演じた「金田一耕助シリーズ」の岡山県警の日和警部役を印象深く覚えています。今作でも岡山出身の長門勇は、自然な岡山弁も含めてピッタリのキャスティングでした。
岡山でのロケシーンは和尚役の松村達雄とハンコ屋の長門勇、この名優たちの存在感がおもしろみを引きだしています。
技術革新で幸せになるのは誰?
今作でもうひとつの見どころは、朝日印刷のタコ社長と博の対立。
顧客に赤字仕事ばかり押しつけられるタコ社長の営業方法に、現場を任されている博は怒り心頭。とうとうタコ社長とケンカになってしまいます。
どうやら工場にオフセット印刷機がないことが安い仕事しか回ってこない理由のようです。父親の遺産が入った博は、そのカネを出資してオフセット印刷機を導入。これで工場の経営は息をつけるようになりました。
※オフセット印刷がどういう方式なのかは下の動画を見てください。
社長が安い仕事しかとってこないと博は愚痴りますが、設備が古いから安い仕事しかとれないのかもしれません。おなじように高価なオフセット印刷機を導入できずに廃業した印刷屋さんは、当時たくさんあったと思います。
新しい技術は新しい製品やサービスを産んで、ぼくたちのライフスタイルを変えていきます。でも、技術革新でほんとうに幸せになれるのは一部の人たちだけかもしれません。そして、新しい技術になじめなかった人は、不便な生き方を押しつけられることにもなります。
岡山で寅次郎が公衆電話から「とらや」にかけるシーンが出てきます。ケータイやスマートフォンがなかった頃はそれがあたりまえで、とくに不便と感じたことはありませんでした。
むしろ今は、どこにいても職場から電話がきたりGPSで行動を監視されたりと、息苦しいことばかり増えたんじゃないでしょうか?
いつでもどこでもつながれて便利と思っていたら、つながりすぎてうっとうしい時代になってしまったようです。
さらに今どきは、家に固定電話があると振り込め詐欺のターゲットになってしまいます。子どものころは電話にでたら「はい、〇〇です」と名のるようにしつけられましたが、今では「電話にでても名のるな」と親をしつけなければなりません。
そして、ケータイやスマホが使えない高齢者が外で電話をかけようとしても、街の中から公衆電話がなくなりました。時代の波においていかれた人たちにとって、新しい技術は暮らしを便利にしてくれるものとはかぎりません。
ぼくらは誰でも必ず歳をとります。そして必ず時代の流れについていけなくなります。
そのときに新しい技術がぼくたちの暮らしを便利にしてくれるのではなく、できないことを増やしたり、ついてこれない人をふるい落とすなら、技術革新っていったい誰が得をしているんだろう? と思ってしまいます。
家に縛られる女たちと、自由に生きる男たち
今作では寅次郎と朋子、一道とひろみ2組の恋愛が描かれています。共通するのは、女たちが家に縛られていることです。
寅次郎と一道は、どちらも好きなように生きています。寅次郎が坊主になることを諦めて朋子と距離をおいたのも、結局は好き勝手な生き方を捨てられないからでしょう。これまでにも何度か旅をやめて地道な暮らしをしようとしましたが、寅次郎にはムリでした。
そして寅次郎より、もっと自分勝手なのが一道です。
本来なら寺の跡取りとして修業しなければならないのに、学費を使いこんでカメラを買い、それを叱られるとあっさり家を出ていくなど、勝手極まりないバカ息子です。中井貴一が演じているからマジメそうに見えるだけで、こいつはタチの悪い身勝手な男です。
朋子が寅次郎と一緒になれなかったのも、さかのぼれば一道が原因。そんな一道を愛するひろみも、近いうちに必ず捨てられます。東京で自由に暮らす一道が、地元を離れられない女と続くはずがありません。つまり一道は、朋子とひろみ、ふたりの女たちを不幸にしたわけですね。
出演回数第2位のマドンナ 竹下景子
今作のマドンナ朋子を演じた竹下景子は、のちに38作「男はつらいよ 知床慕情」と41作「 男はつらいよ 寅次郎心の旅路」にも出演しています。リリー役の浅丘ルリ子の6回には及びませんが、歴代マドンナの中では第2位の出演回数となっています。
また、満男役の吉岡秀隆とはドラマ『北の国から』でも共演していました。笠智衆、田中邦衛、風吹ジュン、いしだあゆみ、宮本信子、地井武男など、出演者がかぶっているのも両作品の共通点ですね。
竹下景子といえば、このころ毎週土曜日に放送されていた「クイズダービー」で「三択の女王」と呼ばれていたことを思い出します。「竹下景子さんに300点!」、言ってみたかった。

