作品概要
「人生100年時代」と言っても、生きていればおカネは出ていく一方。2019年には政府機関までが「老後は2000万円必要!」と社会不安を煽り立てやがりました。
映画『老後の資金がありません!』は、そんな老後に必要な生活費をテーマにしたコメディー。高額な葬儀費用や不安定な非正規雇用、振り込め詐欺や年金の不正受給など、今の日本が抱えるてんこ盛りな社会問題を良質な笑いに包んで問題提起しています。
主演は20年ぶりの単独主演となる天海祐希、トラブルメーカーの姑・芳乃には当時すでに88歳だった草笛光子が好演。この二人が泣き笑いを演じながら、今の日本はどうしてこんなにおかしな国になったんだろう? と考えさせてくれます。
主なキャスト・作品情報など
- 後藤篤子:天海祐希
- 後藤芳乃(姑):草笛光子
- 後藤章(夫):松重豊
- 桜井志津子(章の妹):若村麻由美
- 後藤まゆみ(長女):新川優愛
- 後藤勇人(長男):瀬戸利樹
- 松平琢磨(まゆみの夫):加藤諒
- 原作:垣谷美雨『老後の資金がありません』
- 監督:前田哲
- 脚本:斉藤ひろし
- 配給:東映
- 公開:2021年10月30日
- 上映時間:115分
あらすじ
後藤篤子はサラリーマンの夫・章、フリーターの長女・まゆみ、大学生の長男・勇人と暮らす主婦。家計のために働く篤子の唯一の趣味は、月謝5,000円のヨガ教室だけ。憧れのハンドバッグも眺めるだけで我慢して、老後のため日々節約に務める慎ましい暮らしを送っている。
ところが、章の父が急死。義妹の志津子は喪主として葬儀費用はすべて負担してほしいと言う。姑の芳乃まで家名に恥じない葬式をと言い出し、後藤家は400万円近い葬儀費用を持ち出す羽目になってしまった。
貯金が300万円に減ってしまった矢先、篤子と章は相次いで失業、おまけに長女のまゆみは年収150万円のバンドマンとハデ婚をすると言い出す。篤子は姑への仕送り9万円を浮かすため芳乃を引き取ることにしたが、次から次へとトラブルを起こされてしまう。
感想:
今作はコメディーを演じたら安定感抜群の天海祐希と、90歳を過ぎた今でも現役で女優を続けている(※2024年時点)草笛光子が、今の日本が抱えている様々な社会問題をおもしろおかしく突きつけてくれます。
コメディー映画なので楽しく笑って観ていられますが、そこに描かれている一つひとつは、いずれも根の深〜い問題ばかり。30年も落ちぶれ続けてきたこの国の悲哀が、涙あり笑いありで描かれています。
この作品のレビューを、どうまとめようか思案しましたが、せっかく今作でいくつもの問題提起をしてくれているので、それら一つひとつについて書いてみようと思います。
社会不安を煽りまくった金融庁の「老後2000万円問題」
老後の生活には2000万円必要です!
2019年に金融庁が巻き起こした「老後2000万円問題」は、高齢化社会の日本にメテオ級の衝撃を与えました。ハッキリ言って「おまえら公僕が不安を煽ってどうすんだ?」とド突き回したくなるような件でした。
「老後2000万円問題」とは、以下のようなモデル世帯が老後30年に必要な生活費を試算したものです。
- 夫65歳以上、妻60歳以上
- 夫婦ともに無職
- 夫婦で老後30年生活する
- 平均的な月収209,198円に対して、支出は263,718円。差額の54,520円が毎月不足
- 54,520円×12ヶ月×30年=約2000万円の不足
「まあたいへん、ウチはこのとおりだわ!」と思ったでしょうか?
夫婦が100組いれば、経済状況も100通り。このモデルケースがほとんどの老夫婦に当てはまるかどうかは、バカでもわかることです。
こんなアホなレポート作る暇あんなら、消費税減税とかガソリン税廃止とか、もう少し建設的なことに頭使えねえのかと、心から思う次第であります。
主人公の篤子さんのように日々節約に努めたって、税金は上がるわ物価は上がるわじゃ、庶民の苦労なんて水の泡ほどの効果もありません。
とりあえず、毎月の電気代から「再エネ付加金」廃止しろ! なんでオレらが中国企業に儲けさせてやらねーとならないんだよ? と声を大にして言いたい。
非正規労働者の不安定さと高齢者の再就職問題
家電量販店で働く篤子さん、そろそろ正社員にしてもらえる? と思いきや、まさかの期間満了解雇!
いまや、全労働者の40%近くがパートや派遣などの非正規労働者です。
昔は人材派遣なんて下賤なピンハネは法律で禁止されていました。と言っても、国際通訳など、どうしても派遣じゃないと成立しない職業だけは認められてましたけど、彼らはギャラも高いので問題ありませんでした。
それがあらゆる職種に開放され、ついに工場労働などにまで解禁されてしまいます。こうして低賃金で働かされる人が増え、庶民の間に経済的なヒエラルキーが生まれ、日本国民をズタズタに分断してしまいました。
一度でも非正規労働者になったら、江戸時代の士農工商にも入れないエタヒニンとかインドのカースト制度の最下層のフカショクミンみたいな扱いです。人間じゃなくて「ロードーリョク」というモノ扱いです。
リーマンショックのあと、派遣会社の寮から叩き出された派遣社員の人たちが路頭に迷い、彼らのために日比谷公園で炊き出しが行われたのは、まだ記憶に新しいところです。
そんな派遣労働法改正(どこが改正だよ?)をした奴(へーぞー)が恥ずかしげもなく人材派遣会社のトップに就くとか、もう見え見えの我田引水じゃねーかというのがこの国の現実です。
劇中では、篤子さんに続いて夫の章さんまで会社が倒産して失業。しかし根が呑気な章さん、ハロワの窓口で甘いことばっかぬかすもんですから、窓口の姉ちゃんブチギレ寸前です。そして章さんが再就職したのは警備員。
なんかもう、警備員と介護士って底辺労働者の代名詞みたいに扱われてません? 年配の男性が再就職するには警備しかないの? って感じに描かれてます。
ちなみに、ハローワークの窓口で求職者の相談に乗っている人たちも多くは非正規雇用です。つまり、3月31日までは窓口の向こうで相談に乗っていた人が、4月1日からは求職者として窓口の外側に座ることもあります。
なんかもう、笑えないギャグかってくらい狂った国ですね。
高すぎる日本の葬儀費用
何年か前に楽天市場で僧侶の派遣サービスがありましたけど、すぐ廃止になっちゃいました。その理由はいろいろでしょうが、目の付けどころは良かったと思います。
篤子さんはできるだけ葬儀費用を抑えようとしますが、葬儀屋(友近)のセールストークや見栄っ張りの芳乃さんのせいで400万円近い葬儀費用を負担させられてしまいます。
なんで日本の葬式って、こんなに金がかかるんでしょうね? ほんと、バカじゃないかと思うほど、目が飛び出るような大金がポンポン出ていきます。
ちょっと、ウチの葬式の話になります。
オヤジが死んだとき、葬儀を仕切っていた兄夫婦は、クルマ好きだった父のため、たった2キロ先の火葬場までレクサスの霊柩車をチャーター。
お値段、35万円でした。
ふだんは超ドケチのくせに、なんでそんなことにムダガネ出せるのか、まったく理解不能でした。
通夜の前には、縁もゆかりもない葬儀屋の下請け坊主がのこのこ来て、「ご一緒に戒名はいかがですか?」って、ポテトみたいに訊くんじゃねーよ! Sサイズの戒名でもポテト何年分の金額だよ!
そもそも、浄土真宗なのに戒名とか、フカシこいてんじゃねーよ?
浄土真宗ってのは、死んだらアミダ様が「ご苦労さ〜ん」って迎いに来て、そのまま極楽浄土へ連れてってくれるんだろうが。昔「わたしを浄土に連れてって」って映画なかったっけ? あれ、スキーか。
死んだら極楽まで直行便でひとっ飛びなのに、なんで四十九日まで七日ごとに坊主呼ぶ必要あるんだよ。
しかも、クソ坊主、毎回つまらねえ話ばっかしやがって、ハシタがネもらってウキウキ帰っていくんじゃねーよ。こんなクソ坊主ですらアミダ様は救ってくださるんなら、戒名もレクサスの霊柩車もいらねーだろ!
と、徒然に思う次第でございました。南無ぅ〜!
詐欺の手口が巧妙化
劇中では芳乃ばあちゃんが「オレオレ詐欺」に100万円を騙し取られてしまいます。芳乃さん、一度は詐欺だと見抜きましたが、それを見越して警察に扮した詐欺グループにまんまと騙し取られてしまいます。
初期の「オレオレ詐欺」は子どもや孫に成りすました犯人が、事故を起こした、会社のカネを無くした、と言ってはカネを振り込ませたり代理の者に受け取らせていました。
その手口が広く知られてしまうと、詐欺グループは複数人で弁護士や警察官などの役を演じ分けるようになり、劇場型の犯行に進化します。もはや劇団です。
昔から「悪い奴ほどよく眠る」と言いますが、今は悪い奴ほど頭を働かせて悪知恵を絞っています。むしろ中小企業の無能な経営者ほど、なにも考えずにグースカ眠っているんじゃないでしょうか?
年金の不正受給問題
年金を受給していた家族が亡くなっても死亡届を出さず、そのまま家に安置したまま年金を受け取り続ける。そうした年金の不正受給が一時期、マスコミで盛んに取り上げられました。
もちろん不正受給も詐欺と同じですが、振り込め詐欺とは性格が異なることには注目したいところです。
不正受給者の多くは、経済的に困窮していることが理由です。
さっき言ったように、今の日本は非正規労働者が40%を占めるほどになり、彼ら彼女らは、いくら真面目に働いても、企業の都合で簡単に解雇されてしまいます。
もし、彼らが生きるために家族の年金だけが頼りだったら、その家族が亡くなっても届け出をするには多少なりともためらいを感じてしまうんじゃないでしょうか。
もちろんそんなことはダメですけど、一部の者たちはジャンジャン資産を増やし続けているのに、貧しいものはドンドン社会の最下層に落とされていきます。「貧しき者は幸いである」じゃねーよ!
この国は生まれることも、生きることも、死ぬことにもカネがかかるようになっている異常な国です。
シェアハウスに入れば幸せ?
章さんと篤子さんは自宅を売却し、シェアハウスに入居。キッチンで楽しくぼたもちを作り幸せそうなラストシーンでした。
が、そんなにウマくいくんでしょうか?
コメディー映画ですから、ハッピーエンドはお約束です。でも、ここまで白々しくおめでたい筋書きだと、観ているうちに白けた気分になるかも知れません。
シェアハウスに関するトラブル事例には、次のようなものがあります。
音に関するトラブル
- テレビの音、音楽、会話の声など、生活音が気になる
- 夜遅くまで起きている人がいて、寝られない
- 共用スペースでの騒音
清潔さに関するトラブル
- 共用スペースが汚れている
- キッチンやお風呂が常に湿っている
- ごみが分別されていない
私物に関するトラブル
- 食料品や日用品が勝手に使われる
- 私物が盗まれる
人間関係に関するトラブル
- 価値観の違いによる摩擦
- 言葉遣いや態度が気になる
- プライバシーが侵害される
その他
- 家賃や光熱費の支払いトラブル
- 来訪者のマナー問題
- ペットに関するトラブル
しょせんは他人同士の寄合所帯なので、狭いスペースにはありとあらゆるトラブルが発生しやすい環境です。ある意味、雑居房です。
自宅を維持したり、一軒家やマンションを借りるよりは安く上がるかもしれませんが、快適に暮らせるかどうかは入居するまでわからないのが現実です。
仮にそのときは快適でも、入居者が入れ替わるとトラブルが発生することもあるので、シェアハウスを選ぶときは、よほど念入りに情報収集する必要があります。
とは言え、あくまでシェアハウスも老後の生活を送る環境としては選択肢の一つ。歳をとってから環境を変えるのはたいへんですから、いい物件に出会うまで急がず焦らず探してください。
考え方を変えれば、老後も快適に暮らせる?
ラストシーンで篤子さんは、そう言います。しかし、考えてもどうにもならない人たちが多いということに気づいてはいないようです。
総務省の「労働力調査」によると、2021年には65歳以上の就業者数は912万人と過去最多を記録しました。年金だけでは生活が難しい、社会とのつながりを保ちたい、といった様々な理由から、高齢者が働き続けることが一般的になってきていることを示しています。
社会とのつながりを保ちたいというポジティブな理由であればいいですが、圧倒的に多い理由は生活苦です。65歳以上の就業者数912万人のうち、65~69歳が半数を占めているのは、年金だけでは暮らせない、または少しでも受給開始を遅らせて受給額を増やしたいからでしょう。
今の日本は、国民負担率(収入に占める税金や社会保障費の割合)が46.8%(2023年度)と、収入の半分近くを国に巻き上げられています。
これでも少し下がったくらいで、2020年度の国民負担率は47.9%と、ほぼ「五公五民」に近く、江戸時代なら一揆が起こった状況です。
まだスェーデンの54.5%に比べると低いですが、あちらは高福祉国家として有名な国。「ゆりかごから墓場まで」人生安泰ですが、日本は自己責任の国。これだけ巻き上げられても自己責任って、おかしくないですか? それなら自己責任の権化、アメリカ様と同じく32.3%くらいに下げてほしいですよね。
高負担・低福祉国家、衰退途上国。それが今の日本の代名詞です。これじゃ、老後の資金なんてあるわけねーっすよ!