映画『居酒屋兆治』今となっちゃパワハラ男とメンヘラ女の物語?

東宝
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

作品概要

映画『居酒屋兆治』は、脱サラして小さな焼き鳥屋を営む藤野英治と、かつて英治と愛し合った神谷さよとの終わりきれない恋を描いた作品。今の感覚で観るとパワハラ男やメンヘラ女に辟易するかもしれませんが、圧倒的な美しさを誇る大原麗子を堪能するだけでも観る価値があります。

主なキャスト・スタッフ等

  • 英治:高倉健
  • さよ:大原麗子
  • 茂子(英治の妻):加藤登紀子
  • 岩下(英治の親友):田中邦衛
  • 河原(英治や岩下の先輩):伊丹十三峰子
  • 峰子(スナック「若草」のママ):ちあきなおみ
  • 監督:降旗康男
  • 原作:山口瞳『兆治』
  • 主題歌:「時代おくれの酒場」(歌:高倉健、作詞・作曲:加藤登紀子)
  • 配給:東宝
  • 公開年月日:1983年11月12日
  • 上映時間:125分
スポンサーリンク

あらすじ

函館の造船所に勤めていた藤野英治は、リストラの担当を命じられたことで会社を辞め、「兆治」という小さな居酒屋を営んでいる。妻の茂子は夫と子どもたちを支える良妻賢母だが、英治にはさえという、かつて愛し合った女がいた。

若い英治とさえは貧しく、このままでは二人ともダメになってしまうと思った英治は、さえに神谷との縁談が持ち上がったのを機に身を引く。しかし、さえは神谷と結婚したあとも、ひたすら英治を思い続けていた。

感想・レビュー:いつの時代も変わらない不条理を描いた作品

英治の先輩・河原は、なにかとおせっかいな奴。頼みもしないのに「兆治」の移転先を見つけてきて恩着せがましいことを言います。また、日頃から些細なことで英治に絡んでは殴りつける傍若無人さ。まあ、こういうタイプの奴は、たいてい人に言えないコンプレックスを抱えていますね。

河原は、とにかく自分を大きく見せたがります。オレが○○してやったんだと、いちいち恩着せがましい。他人から頼りにされないと自分に価値を認められない承認欲求の塊のような奴です。だから英治に殴られると自尊心が木っ端微塵にされ、日頃の行いも忘れて警察に訴えます。

河原のような奴がいると、周囲はほんとうに面倒くさい思いをさせられます。英治の親友・岩下は河原をうまく持ち上げておけばいいと言いますが、こういうタイプの奴とは早めに縁を切るほうが正解です。

とは言え、河原はこの映画には必要なキャラです。英治とさえの二人だとキャラが地味すぎるので、川原という極端なキャラが居ないとストーリーが単調になってしまいます。

また、河原は噛ませ犬という大切な役割も担っています。

日頃から散々殴られてきた英治が、とうとう切れてボディーブローを叩き込んだのは、高倉健が演じてきた893映画と同じパターン。耐えて耐えて耐え抜いて、最後にブチ切れると観客は満足して溜飲を下げることができます。そのために河原は、とことんイヤな奴じゃないといけません。

河原を演じた伊丹十三が本作の撮影現場で、自分の監督作品のために動いていたことに腹を立てた高倉健が本気で伊丹十三を殴ったとか。本当かどうか真偽は不明ですが、昭和の映画界ならさもありなんですね。

もし、さえが大原麗子じゃなかったら?

さえは、今ふうに言えばメンヘラ女。

英治と別れて神谷と結婚したのも、最後は自分の決断だったはずなのに、不本意な結婚をしたのは英治のせいだと、いつまでも言い続けます。もう、呪いの言葉でしかありません。

家に放○して姿を消しても、ふらっと英治の前に姿をあらわし、またすぐに姿を消す。そして夜遅く無言電話をかけては自分のことを気にさせようとする。今の基準で言えば、メンヘラ+ストーカー女と言っても過言じゃありません。

そんな女を、どうして昭和の男たちは不思議に思わなかったのか。それは、さえが大原麗子だから!

燃え盛る炎をバックに英治を見つめる大原麗子のアップは息を呑むほど美しい。だから、さえがメンヘラでも、ビジュアル的に成立してしまうのがこの映画です。

ウソだと思うなら、さえを泉ピ○子が演じているところを想像してください。かなり違った印象になったんじゃないでしょうか?

それだけ、美人には説得力があります。なにをやっても高倉健と、美人女優の大原麗子をキャスティングした時点で、この映画のヒットは約束されたようなものでした。

豪華絢爛な出演者たち

今作は田中邦衛、伊丹十三、池部良など、そうそうたる俳優陣が出演しています。

英治の妻に加藤登紀子を配したのは、なかなかいいキャスティングですね。英治にとっては、さよほどの美人とは二度と縁がないでしょうから、見た目ふつうのおばさんっぽい加藤登紀子がちょうどいい配役です。

また、とくにいい仕事をしているのが、スナック「若草」のママを演じた、ちあきなおみ。最近は昭和の歌姫として再評価されている彼女ですが、今作では地味な出演者たちをカバーするように陽気な役どころで映像に彩りを加えています。

「若草」のホステスを演じた好井ひとみは、「仮面ライダーBLACK」でライダーの敵ビシュムを演じたライダー女優の一人。個人的にビシュム様、お気に入りでした。

岩下にケガをさせられたカラオケ好きの井上を英治が送っていくと、家の中には派手なステージ衣装がズラリ。おまけに照明完備のステージまである本格ぶり。

英治が呆れて帰ったあとも一人で歌い続けるこの人は誰だろうと検索すると、美里英二という大衆劇の役者さんでした。かつては「東の梅沢富美男、西の美里英二」と言われた人気ぶりだったようですが、2015年8月20日、74歳で亡くなられています。

良くも悪くも、昭和らしい作品のひとつ

この映画『居酒屋兆治』は、今の感覚で観ると「なんじゃこりゃ?」です。とくに若い世代ほどパワハラとメンヘラに辟易するかもしれません。

原作の小説を読んだことはありませんが、今作はストーリー的に特筆すべきところはありません。高倉健はいつもどおりの高倉健で、大原麗子はひたすら美しい。それだけの映画です。

でも、それだけで最後まで観せてしまう不思議な魅力も、この作品にはあります。きっとその魅力とは、世の中の不条理を描いているから。

世の中は、どうにもできないことばかり。どれだけ頑張ろうと、結果が報われるとは限りません。なんでこんな世界で生きていかなければならないのかと気持ちが萎えることもあります。

そんなときに、英治が「元気出していこうぜ!」と自分を鼓舞して立ち上がるところは、令和の今でも同じじゃないでしょうか? そうした市井の人たちを描いているから、ストーリが雑でも観続けてしまうのかも知れません。