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【映画 家族 レビュー】日本人の生き方から奪われてしまったもの

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民子三部作
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作品概要

映画『家族』は1970年10月24日の公開。後に『故郷』『遙かなる山の呼び声』を含めた「民子三部作」と呼ばれる一作目となります。

主演は山田洋次監督の映画『男はつらいよ』で寅次郎の妹さくらを演じて人気を固めた倍賞千恵子。夫の精一はテレビドラマ版『男はつらいよ』でさくらの恋人・諏訪博士を演じた井川比佐志。他に渥美清をはじめ、笠智衆、前田吟、太宰久雄ら、映画『男はつらいよ』のレギュラー陣が出演しているところも見どころです。

主なキャスト

  • 民子:倍賞千恵子
  • 精一(民子の夫):井川比佐志
  • 源蔵(精一の父):笠智衆
  • つとむ(精一の弟):前田吟

あらすじ

長崎の小島で暮らす精一は、人に使われて生きることが嫌いな性格。勤めていた材木屋の倒産を機に、幼いころからの憧れだった北海道に移住を決心する。最初は反対だった妻の民子だが、夫を一人で行かせるわけにもいかず、子どもたちを連れて一家で移住することにした。

しかし旅の途中で赤ん坊を亡くしたり、北海道に着いてからも祖父を亡くすなど、新天地への旅には大きな犠牲が伴った。

感想・レビュー(盛大にネタバレしてます)

古い作品なので、まずは1970年という年がどんな時代だったのかを振り返ってみましょう。

劇中にもあったように、この年は大阪で「日本万国博覧会」が開催された年でした。それに先立って発売された三波春夫の「世界の国からこんにちは」は、トータルで300万枚を売り上げる大ヒット作を記録しています。

万博というと大阪がまた2025年に開催しようとしていますが、当初の予定より予算が膨らんだり、今さら万博を開催する必要はあるのか? と、開催そのものを疑問視する声も上がっています。

しかし1970年の万博は、世界が化学の発展で便利になると期待させ大成功となります。そして万博を象徴する岡本太郎の「太陽の塔」は、今でも記念碑として万博記念公園に残されています。

© 万博記念公園 「太陽の塔オフィシャルサイト」より引用

1970年のその他の出来事といえば、赤軍派と呼ばれた狂信的な共産主義者による「よど号ハイジャック事件」やビートルズの解散、奇跡の生還を果たして映画化もされたアポロ13号の打ち上げ、ピーター・フォンダの『イージーライダー』やソフィア・ローレンの『ひまわり』などの洋画もヒットしていました。

さて、時代考証はこのへんにして、映画のレビューに入りましょう。

ぼくがこの作品を観て感じたのは、日本人から生きる術を奪った資本による労働力の集約化という問題です。

え、いきなり固いですか?

簡単に言うと、なんで日本人は他人に雇われなきゃ生きていけねーようになっちまったんだぜ? ということです。

たくさんの労働者を集めて働かせる業種のことを「労働集約型産業」といいます。例えば工場とか倉庫とか人手がたくさん必要な仕事です。劇中でも八幡製鉄所が映っていたり、精一の弟つとむの勤め先が日本鋼管福山製鉄所(現:JFEスチール西日本製鉄所)と思われる設定で、この頃の日本はまだ製鉄などの重厚長大産業が盛んだったことが伺えます。

サラリーマンとして働くつとむは一戸建てやマイカーを所有していますが、そのために家計は苦しく父の源蔵を引き取る余裕はありません。兄のワガママで唐突に父を引き取らされるつとむとその妻にしてみれば迷惑な話です。

北海道への移住に反対するつとむと精一が言い争うのを隣室の布団の中で聞いている源蔵。子どもたちにとって自分がお荷物であることを痛感し、兄弟がまだ自分に甘えていた幼いころを回想します。源蔵を演じる笠智衆が子どもたちにお荷物扱いされる様子は、同じ松竹作品の小津安二郎監督の『東京物語』を思い起こします。

小商いで生きていられた社会の崩壊が日本を弱くした

ぼくが子どものころ、近所には家族経営の商店やクリーニング屋さんとかがたくさんありました。きっと大した儲けはなかったと思いますが、それでも家族3~4人くらいが生活していけたんだと思います。

しかし70年代の終わりころから、そうした小さな店はドンドン消えていきました。その代わりに現れたのが大型のスーパーやチェーン店です。こうした大資本の進出で、それまで近所のニーズを引き受けていた家族経営の小商いはことごとく潰されてしまいました。

大型スーパーやチェーン店はたしかに便利ですが、その便利さと引き換えに、ぼくたち日本人のほとんどは誰かに雇われなければ生きていけない資本の奴隷にされてしまいました。

あ、だからと言って共産主義を目指そうなんてバカなことを言うつもりはありません。

しかしモノゴトには加減ってもんがありますよね。今の世の中を見ると、大手の資本が日本社会を牛耳っているのは明らかです。

昔は小さな商売でもそれなりに生計を立てられたのが大手に潰され、その人たちは自分たちの生活を潰した大手資本の下で働かなければならなくなってしまいました。

物量に勝る勢力が弱いものを攻めて支配する。これって、まさに戦争ですね。大資本による小商いの駆逐という経済戦争です。

ところで、ぼくたちは「仕事に行く」という表現をあたりまえにしますけど、英単語の「仕事」には「Job」と「Work」があります。その違いは作業内容が属人的か否か。簡単に言えば、その人ならではの仕事はJobで、誰がやってもいい仕事はWorkです。

この映画『家族』で言えば、精一が長崎でしていた仕事は「Work」、これから北海道で行う開拓は「Job」です。どちらが幸せかは、尋ねるまでもないでしょう。

ぼくも一時期、個人事業主として仕事をしていたことがありました。超零細事業者ですからオンもオフもありませんでしたが、全て自分のために行っているので、とても充実していました。その仕事は間違いなく、ぼくにとっての「Job」でした。

しかし今のぼくは他人に雇われて、決められた仕事をこなすだけの労働者です。その仕事は誰がやっても同じ「Work」に過ぎませんし、いつ他の誰かに取って代わられるかも知れません。そうなれば、ぼくの生活はたちまち困窮することになってしまいます。

2020年に新型コロナウイルスが蔓延したとき、主に接客業に従事していた多くの人たちが職場から解雇されました。これが雇われなければ生きていけない社会の問題です。もし日本人が自分の小商いで生きていけたら、これほど閉塞感に満ちた世の中にはならなかったと思います。

誰かに雇われているあいだは(それなりに)幸せに暮らせるかもしれません。しかし、その仕事(Work)を取り上げられてしまった途端、一転して生き地獄に叩き落とされてしまいます。

今の日本社会は誰かに使われて生きることが前提となっています。しかし生活保護や年金などのセーフティーネットが脆弱な社会では、雇用されて労働者として生きることには大きなリスクもあります。

民子と精一にとって、これから酪農で生きていく苦労は計り知れませんが、その成果が自分に返ってくるのであれば苦労のし甲斐もあるんじゃないでしょうか。

赤ん坊の早苗と父の源蔵は、まだ凍てつく北海道の土地に葬られました。民子と精一にとっては、もうどこへも逃げられません。それでも自分たちが人生を賭して行う「Job」はいつも手中にあります。きっと民子と精一の「Job」は実を結び、それは長男の剛や孫に受け継がれていくでしょう。

北海道の自然は過酷です。近年は北国とは思えないほどの猛暑が来て、冬には息もできない猛吹雪に見舞われます。生きていくための厳しさは半端じゃありません。だからこそ、ぼくたち道産子は毎年のように春を待ちわびます。

 春になっとね、見渡す限り緑になって、花がいっぱい咲いて、牛がもりもり草を食べて乳ばどんどん出すようになって。そんときになっと、住んでる人間も生き返ったような、こん広か土地と一緒に生き返ったような気がして、そんときはだいたいもう、あゝ、今年こそはなんか良かことがありそうなって、そう思うって。ねぇ、父ちゃん。そんときば楽しみにせんばぁ。ね? 6月まで、あとふた月あっけんね。6月まで……

映画『家族』より © 松竹 1970年

娘と父を死なせてしまったことを悔いる精一へ、民子が語るセリフに女性の強さを感じますね。ところで、このセリフを聞いて「春が6月?」と違和感を覚えるかもしれません。しかし北海道の春は遅いんです。

暦の上での「立春」は毎年2月ころですが、北海道では2月がいちばん冷え込みの厳しい時期。民子たちが移住した中標津なかしべつでは最低気温がマイナス20度を下回る日がありますし、桜が咲くのは5月の中旬です。長い冬が終わり、待ちわびた春は、あたり一面がパァーッと明るく輝くようになります。けれども春はあっという間に過ぎ、短い夏のあとは、すぐにまた厳しい冬が訪れます。

そんな厳しい土地でも、家族と一緒に自分たちの「Job」で生きていける日々は、きっと幸せなことだろうと思います。そしてそれは、今の日本人から奪われてしまった幸せな生き方じゃないでしょうか?

役になりきることができた作品

倍賞千恵子さんの著書『倍賞千恵子の現場』に今作でのエピソードが書かれています。その中から印象深いところをピックアップして紹介しましょう。

倍賞さんが「その人になる」役づくりができたのは、この『家族』がきっかけとなったそうです。ふだんから倍賞さんは数本の作品を掛け持ちし、午前と午後で違う役を演じることもありましたが、今作は民子という女性になりきるためにかなり努力をしています。

たとえば民子は九州の女性ですからネイティブな九州弁が求められます。そのため倍賞さんと井川比佐志さんには九州弁の方言指導が四六時中つきっきり。さすがに辟易した二人は、方言指導の人をまいてお茶しに行ったことがあったと言います。休憩中でも九州弁しか話さないようにしていたため、今度は並行して撮影していた『男はつらいよ』で九州弁が抜けなくて苦労したようです。

この本では『男はつらいよ』をはじめ、高倉健さんと共演したときのエピソードなどが盛りだくさんに語られているので、倍賞千恵子の出演作が好きな人には一読の価値があります。

そして下のビデオは、山田洋次監督が『家族』の撮影秘話を語っている貴重な映像です。

山田監督はこの後も家族をテーマにした作品を数多く撮っていますが、裏を返せば、映画というフィクションのテーマになるほど、現実には家族のつながりが希薄になったということかもしれません。