作品概要
1986年8月公開。
松竹大船撮影所50周年記念作品
監督:山田洋次
脚本:井上ひさし、山田太一、山田洋次、朝間義隆
第10回日本アカデミー賞 優秀作品賞など多数受賞
主なキャスト
- 田中小春(ヒロイン、女優):有森也実
- 田中喜八(小春の父):渥美清
- ゆき(隣家の女房):倍賞千恵子
- 小倉(映画監督):すまけい
- 川島澄江(女優):松坂慶子
- 園田八重子(女優):美保純
- 島田健二郎(助監督):中井貴一
あらすじ
かつて旅回りの役者だった喜八(渥美清)は、一人娘の小春(有森也実)と二人で長屋暮らし。小春は浅草の「帝国館」で人気の売り子として働いていた。ある日、小春の噂を聞きつけた映画監督の小倉がスカウトに来たことで、小春は女優への道に進む。
小春は見学に行った撮影現場で看護婦の役を与えられたが、いきなりのことで散々な結果となってしまった。意気消沈した小春は女優をあきらめようとするが、思いを寄せる助監督の島田が説得し、大部屋女優として歩み始めた。
感想・レビュー
同名の曲をモチーフとした1982年の『蒲田行進曲』は配給こそ松竹でしたが、諸々の事情で東映出身の深作欣二監督が東映の京都撮影所で撮影した「角川作品」だったため、松竹は蒲田撮影所50周年というタイミングで生粋の松竹作品として今作を制作しました。
そのため主な出演者も渥美清や倍賞千恵子など、松竹の看板作品だった『男はつらいよ』シリーズでおなじみの俳優たちが多数起用されています。また、松坂慶子と平田満の出演は『蒲田行進曲』へのリスペクトか、それともリベンジか、と勘繰らせてもくれます。
しかし今作は『蒲田行進曲』に比べると知名度が低く、配給収入も『蒲田行進曲』の17億6300万円に対して13億円と大負け。また、主題歌も『蒲田行進曲』で松坂慶子と風間杜夫、平田満が歌ったバージョンのほうがよく知られています。
さらに1987年の第10回日本アカデミー賞では最優秀作品賞に東映の『火宅の人』が選ばれ、最優秀監督賞も同作の深作欣二、最優秀脚本賞、最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞など、ことごとく『火宅の人』に奪われています。
当初、主人公の田中小春役は藤谷美和子が演じる予定でしたが、「元祖プッツン女優」と言われた彼女が突然降板したため、役柄と同じく新人だった有森也実が抜擢されています。
有森也実が演じた田中小春のモデルは、昭和の大女優と言われた田中絹代。松坂慶子が演じた川島澄江も、ソ連へ愛の逃避行を遂げた岡田嘉子がモデルとされています。岡田嘉子は1976年の『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』に、宇野重吉が演じる日本画の大家の初恋の相手として出演していました。
喜八(渥美清)が隣りのゆき(倍賞千恵子)に惚れているのは『男はつらいよ』と同じ構図。『男はつらいよ』では妹、今作では人妻と、許されぬ恋の間柄はお約束の設定です。
ゆきの夫の弘吉を演じる前田吟が『男はつらいよ』以上に影が薄いのは、たんにスケジュール的な都合だったんでしょうか? ゆきの息子の名前が「満男」なのも、ふだんから『男はつらいよ』の撮影現場でそう呼ばれているため同じままにしたのかもしれませんね。
こうして見ると、『キネマの天地』には『男はつらいよ』の設定をちょいちょい盛り込んでいることがわかります。とくに喜八が小春に演技指導をするシーンは、『男はつらいよ』で「寅のアリア」と呼ばれていた渥美清の独演会そのものです。
渥美清=寅さんとして観るなら、『男はつらいよ』で家庭を築けなかった寅次郎が、今作では喜八として愛しい一人娘に恵まれたと言えます。そうして観ると「よかったね、寅さん!」と言ってあげたくなります。
今作は時代設定が戦前なので、まだ和服を着るのがあたりまえだった日本人の様子や、雨が降ると泥水が溜まる未舗装の道路など、現代の日本しか知らない世代にとっては新鮮に映る光景です。また、軍服姿の軍人たちが往来や劇場にあたりまえに居る様子は、日本がこのあと戦争に向かっていく時代を象徴的に表しているようです。
娯楽が限られていた時代、映画は今よりも楽しかったのかもしれない
レンタルビデオが登場するまで、映画は映画館まで出かけて大勢と一緒に観るものであり、映画を観に行くことは日常生活の中でもちょっと特別なイベントだったように思います。そんな時代が昭和の終わりまで続いていました。
まして今作の時代設定は、日本が戦争に向かっていく時代。娯楽も相撲、歌舞伎、落語などに限られていた当時の人々にとって、映画は日常をほんの一時だけ忘れさせてくれる特別な時間だったのかもしれません。
劇中でも「帝国館」の支配人(人見明)が小倉監督(すまけい)に、子どもたちに面白いよと言える作品を作ってくれ。芸術作品なんか作られたらたまったもんじゃない、と訴えています。これはきっと、山田洋次監督の映画作りに対するポリシーを代弁させたものでしょう。
山田監督は常に時代に目を向けつつも、それをそのまま映画にしてはダメだと語っています。世の中にはドキュメンタリー映画というジャンルもありますが、そういう作風も認めたうえで、山田監督は物語を重視するスタイルを貫いているようです。
ぼくは人が多い場所が嫌いなので、もう映画館に足を運んで映画を観ようと思うことはありませんが、若いころに友だちと一緒に観た映画や、平日の昼間に一人でじっくりと観た映画のことは今でもよく覚えています。
不思議なことに、その映画を観たのはいつだったか、どうして観ようと思ったのか、その頃はどんな時代で何を考えていたのかなど、その映画を観たときの感情やシチュエーションなど、いくつもの要素が作品の補足情報のように付属しています。
今のように、自宅に居ながら数ある映画からテキトーに選ぶ見方と、「これ観たい!」と思って映画館まで足を運んで観る映画とでは、同じ作品でも体験としては大きく異なる価値があるのかもしれません。
きな臭い時代に生きていた人たちにとって、映画に対する期待は今よりも大きかったことでしょう。同じような臭いが漂い始めた今、日本が映画を気楽に楽しめる国であり続けてほしいと願います。

