作品概要
「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」は1984年8月4日公開のシリーズ33作目。
周りの者たちが自分の居場所を見つけて落ち着いていく中、ひとり変わらず根なし草として漂い続ける寅次郎の寂しさが描かれています。そのため、全体的な雰囲気は異例とも言えるほど暗いムードが漂っています。
マドンナは「東京ララバイ」がヒットした中原理恵。他に佐藤B作、渡瀬恒彦、そして久しぶりに秋野太作が寅次郎の元舎弟として登場しています。
評価:★★☆☆☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- あけみ(タコ社長の娘):美保純
- 登(寅次郎の元舎弟):秋野太作
- 福田栄作(女房に逃げられた男):佐藤B作
- トニー(オートバイサーカスの男):渡瀬恒彦
- 風子(マドンナ):中原理恵
あらすじ
盛岡で商売中の寅次郎は、かつて舎弟だった登と再会する。登は女房と食堂を営みながら、地道にカタギの暮らしを続けていた。久しぶりの再会を喜び張り切ってもてなそうとする登だが、寅次郎は店をおろそかにするなと言って立ち去る。
北海道に渡った寅次郎は、釧路で「フーテンの風子」と名のる若い女と知りあった。仕事が続かない風子は一緒に旅をしたいと言うが、寅次郎は地道な暮らしをするようにと諭す。
寅次郎が柴又へ帰るとトニーという男が訪ねてきた。上京してきた風子が寝込んでしまい、寅次郎に会いたがっていると言う。風子は「とらや」で静養して元気になるが、再びトニーの元へ行ってしまった。
感想・考察
シリーズ中でも異例とも言えるほど暗い雰囲気の本作には、さまよい続ける寅次郎の葛藤が描かれています。
盛岡で再会した登はカタギになって食堂を営み、女房とのあいだには可愛い盛りの一人娘もいます。しかし、酒だ魚だと女房に言いつけるヤクザ気質なままの登を叱って寅次郎は出ていきました。
このシーンでは、寅次郎の気持ちが二段階に分けて描かれています。
まず、客が入って来たのを機に店から出た寅次郎は、うつむきながら路地を歩きだします。弟分が地道に暮らしていることに安堵しつつも、自分だけが置いて行かれたような寂しさが寅次郎の表情から読み取れます。
そのあと追いかけてきた登の女房に「親分さん」と呼ばれた寅次郎は、照れながらもサッと上着を羽織りなおし、肩で風を切りながら去っていきます。渡世人として、精一杯の見栄です。
その直後に「とらや」のおばちゃんが、八戸にいる寅次郎からの電話を受けている場面に切り替わります。登と別れたあと寅次郎は里心がついて、つい電話をかけたのかと深読みしたくなるところです。
途中で知りあった「フーテンの風子」は一緒に旅をしたいと言いますが、寅次郎はこう諭します。
「この街で一所懸命働いて、まじめな男と所帯を持て。5年、10年経って、あのとき寅さんが言ってたことはほんとうだったって思い当たるよ」
これは第5話「男はつらいよ 望郷篇」で、いつまでもフラフラしている寅次郎をさくらが叱りつけたときの言葉。それを今度は、寅次郎が風子に言い聞かせています。
あれから、さくらに言われた5年、10年も軽く過ぎてしまいました。地道な暮らしに惹かれつつ、それができない自分の心とせめぎ合ってきた寅次郎も、すでに50半ば。
そのあいだにはテキヤ仲間の死がありました。愛した人たちが自分とは関係のないところで幸せになってもいきました。そろそろ我が身の行き先に戸惑うのはムリもありません。
自由気ままに生きるには、誰かとひとつ所に落ち着く幸せはあきらめなければなりません。そこが、渡世人の辛いところよ。
とは言え、もうちょっと明るい作風にできなかったのかなぁ?
「男はつらいよ」は、喜劇の上にホロリとするシーンがあるからいいんです。その比率が逆になったら、喜劇とは言えません。
長く続いていたシリーズですから、たまにはしみじみとした作品があるのはいいでしょう。それでも、もうちょっと楽しくできなかったのかと思います。当時、今作をわざわざ映画館まで足を運んで観に行った人たちは、この映画を楽しめたんでしょうか?
そういう意味では、今作のモチーフとなった第5話「男はつらいよ 望郷篇」は秀作でした。まだ今作をご覧になっていない方、またはもう一度観直してみたい方は、あわせてご覧になることをおすすめします。
今作の主な出演者たち
タコ社長の娘役で美保純が初登場!
陰気くさい今作で唯一の救いが、タコ社長の長女あけみとして登場した美保純の存在です。
花嫁衣裳で柴又商店街を歩くシーンでは冷やかす顔なじみにべぇ~っと舌を突きだすなど、場を明るくする存在として期待がもてるキャラです。
あけみは自由奔放な性格でタコ社長の悩みの種ですが、そんなところが寅次郎と合うのか、のちの36作目「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」では、夫をおいて家出したあけみを寅次郎が探しに行くというストーリーが描かれました。
ちなみに、6作目「男はつらいよ 純情篇」でタコ社長には4人の子どもたちがいたはずでしたが、他の子たちの存在はなかったことにされたようです。
かつての舎弟分、登が久しぶりに登場
ドラマ版のころから寅次郎の舎弟をつとめていた登が、10作目「男はつらいよ 寅次郎夢枕」以来、久々に登場したのも前半の見どころ。
登を演じた秋野太作は自著の中で、たぶん今作に呼んでくれたのは渥美清さんだろうと推測しています。
(これは、渥美さんの希望だろう)……と。
……なんだか、どこかからか、
「そろそろ、『寅』も、終わりにするから、ここらで一本、付き合っておいてくれないか」と、言っている渥美さんの声が……
聞こえてきたような気がしたのだ。
私が愛した渥美清(光文社)
こうして10数年ぶりに「男はつらいよ」の撮影に参加した秋野さんは、自分がタイムスリップしたような気分になったそうですが、それはけして居心地のいいものではなかったとも語っています。
年月は、隠しようもなく、そのたたずまいを、微妙に変えてはいるのだ。
役者たちは老け込み、スタッフたちも、やっぱり老人になっていた――。
しかし、誰もが、少しも変わらぬ素振りを続けていた。
それがオカシ?かった。
(中略)
何もかもがおかしくて――
変で――
不自然だった。
『男はつらいよ』と「フーテンの寅さん」は――
そろそろ博物館に入れて、ああいう場所でしみじみと鑑賞すべき、立派な美術骨董品になりつつあった。
「男はつらいよ」は寅次郎を年齢不詳にして、意図的に時の流れを無視している部分があります。そんな中でも、時の流れをあらわしているのが満男の存在。今作にも満男が中学に入学するエピソードがあるように、順調に成長している様子が描かれて言います。
しかし、寅次郎はあいかわらずホレたハレたを繰り返すばかり。とっくにそういう設定にムリがあった時期でしたから、久しぶりに参加した秋野太作が強烈な違和感を感じたのもムリはないでしょう。
登の奥さん役は、あの人の妻?
盛岡で登の妻を演じたのは、中川加奈という女優さん。
どことなく春川ますみに似た女優さんだと思って検索してみると、前作の32作「口笛を吹く寅次郎」に出演していたレオナルド熊の奥さんでした。
さらに検索してみると、山田洋次原案の「喜劇 女は度胸」という作品では春川ますみ、渥美清、佐藤蛾次郎らとも共演しています。
マドンナは当時26歳の中原理恵
そして今作のマドンナ風子を演じたのは、当時26歳の中原理恵。1978年に「東京ララバイ」が大ヒット。アダルトなイメージですが、デビュー当時はまだ20歳でした。
そんなアダルトなイメージから一転したのが萩本欽一の「欽ドン!」で演じた「良い妻 悪い妻 普通の妻」。
次々とキャラ変する一人三役を器用にこなして、コメディエンヌとしても魅力のある才能をアピールしました。
陰気くさい作品は他でやってくれ!
何度も言うようですが、今作はシリーズの中でも稀にみる陰気な作品でした。
山田洋次監督には「家族」や「故郷」など重いトーンの作品もありますが、なにも「男はつらいよ」まで陰気くさくする必要はないでしょう。
面白おかしく笑わせる中にホロリとさせる。そんな人情劇が「男はつらいよ」の醍醐味なのに、それがまったく感じられない作品でした。
当時、楽しもうと思って映画館まで足を運んで観た人たちは、この暗い作風にガッカリしたんじゃないでしょうか?

