作品概要
「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様」は1994年12月23日公開のシリーズ47作目。
寅次郎のマドンナにかたせ梨乃、甥っこ満男のマドンナに牧瀬里穂を迎え、滋賀県の琵琶湖と長浜曳山祭を舞台に2組の恋物語が描かれています。
評価:★★★☆☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- 三平(くるまやの店員):北山雅康
- 佳代(くるまやの店員):鈴木美恵
- 源ちゃん(寺男):佐藤蛾次郎
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- 売れない歌手:小林幸子
- 川井信夫(満男の先輩):山田雅人
- 典子の夫:平泉成
- 菜穂:牧瀬里穂
- 典子:かたせ梨乃
あらすじ
寅次郎は琵琶湖で典子という女性と知りあう。典子は夫と娘がいる主婦だが、年に一度一週間だけ写真撮影の旅に出るのを楽しみにしていた。
典子は足場の悪い湖畔で転び肩を脱臼してしまうが、寅次郎のおかげで、すぐに手当てを受けることができた。翌日は寅次郎と長浜曳山祭を見に行こうとするが、そこへ夫が迎えに来てしまう。
そのころ、満男も大学時代の先輩・川井に呼ばれて滋賀県に来ていた。
川井は妹と満男を結婚させようと企んでいたが、最初から二人が示し合わせていたと勘違いした菜穂は激怒してしまう。
感想・考察
前作での満男は就活にとても苦労していましたが、ようやく採用されたのが今作の靴メーカーだったようです。しかし、得意先を回るルートセールスは満男の性格にあわず、もう辞めたがっている様子を上司に見抜かれてしまいます。
新人のルートセールスマンにすれば商品知識や販売経験は相手のほうが上ですから、そんな顧客を相手に成績を上げるのはたいへんです。ぼくも薬局・薬店のルートセールスをしていたころはストレスの絶えない毎日でした。
きっと満男も同じような気持ちで毎日を過ごしていたんだろうと思いますが、そんなときに大学の先輩が妹と結婚して事業を手伝えと言うんですから、こんないい話はありませんね。
もし妹がブ●なら丁重にお断りするところですが、菜穂は目鼻立ちのハッキリした美人。このての顔つきは山田洋次監督の好みかと思ってしまうほど、ゴクミにも負けない派手な顔立ちです。
このころ、菜穂役の牧瀬里穂は観月ありさ、宮沢りえと共に「3M」と称されていましたが、今じゃ誰も覚えていないかもしれません。吉岡秀隆は今作のあと「北の国から ’95 秘密」で「3M」のもう一人、宮沢りえとも共演しています。
寅次郎のマドンナは当時37歳のかたせ梨乃。色っぽいですねぇ。今作では典子という役名ですが、これは彼女の本名(杉田典子)でもあります。
かたせ梨乃といえば、中坊のころ「11PM」という昭和の小僧たち必見だった深夜のテレビ番組でカバーガールをしていたのを思い出します。
CMに移る前のほんの数秒だけ水着で横たわってニッコリしていましたが、日本人にもこんなグラマーな女性がいるんだと思ったのを覚えています。
その後は「極道の妻たち」や88年の「肉体の門」などで女優としてのキャリアを積んでいますが、意外なところでは「ムキムキマンのエンゼル体操」というテレビCMソングも歌っています。※セリフ部分は違います。
ぼくもこの曲は、かたせ梨乃が歌っていたとは知りませんでした。シリアスな役どころから、こんなコメディーなCMソングまで振り幅の広い活躍ですね。
時代を感じさせるワープロ専用機
満男が自室で「菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂菜穂」と打ち込んでいたのはシャープの「書院 WD-A850」というワープロ専用機。ワープロ専用機というものが存在していたことすら、きっと若い世代は知らないでしょうね。
94年に公開された今作はMicrosoftの「Windows 95」が登場する直前で、まだパソコンが普及する前の時代でした。
今ではワープロと言えば「Microsoft Word」などパソコンのアプリを指しますが、ワープロ専用機を愛用している人は今でもいるようです。ネットで検索してみると今でも中古の「書院 WD-A850」がけっこうな価格で販売されており、実際に購入もされています。
恋は疲れるからイヤ?
満男は菜穂にフラれたことに「ほんとはホッとしてるんだ。疲れるもんな、恋するって」と言います。そんな満男を寅次郎は叱りつけます。
「くたびれたなんてことはな、なんじゅっぺんも失恋した男の言葉なんだよ。燃えるような恋をしろ。大声出して、のたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような恋をするんだよ! ホッとしたなんて情けないこと言うなバカヤロ。さみしいよオレは」
しかし恋愛は脳の中でドーパミンという報酬系の物質が分泌され、〇物依存や〇ルコール中毒と同じように冷静な判断ができなくなっている状態だという説もあります。
失恋すると落ち込むのは禁断症状で、新しい恋人を代替品とすることで中毒症状が繰り返されるそうです。
寅次郎が次から次へと恋をするのも、今ならきっと「恋愛依存症」という病名がつくかもしれません。
もしかすると、タバコや酒を好まない「Z世代」にとっても恋愛は疲れるしカネと時間もかかるしで、コスパ・タイパの悪い非効率なことと思われているんでしょうか?
「死ぬのは、いやだねえ」ロケ中に渥美清が漏らした言葉
曳山祭の見物中、満男は「つきあっている人いるの?」と菜穂に訊きます。「いると思う? いてへんと思う?」とじらす菜穂の言葉に戸惑う満男。
そこへ突然「いたっていいじゃねえかよ。そいつと勝負すりゃいいんだよ」と、寅次郎があらわれます。
いやいや寅さん、あんたは絶対に身を引いちゃうタイプでしょ? 自分ができないことを無責任に吹き込んじゃダメですよ。
きっと、このときの寅次郎は典子を連れ帰った彼女の夫への怒りがくすぶっていたのかもしれません。
でも、寅次郎が典子と出会ってから別れるまでは、丸1日しか経っていません。恋をしたというには、あまりにも短すぎる時間です。
ほんとうはもう少し寅次郎と典子の関係を深掘りしたかったんでしょうが、すでに病状が悪化していた渥美清の体調を考えると、出番はできるだけ少なくするしかなかったんでしょう。
満男と一緒に典子を見つめているときも、かすれて弱々しいセリフにしかなりません。それでも気力と体力を振り絞って、ここまで演じているのは並大抵の努力じゃありません。
前作「男はつらいよ 寅次郎の縁談」のあと、渥美清は「オレはもうできないよ」と付き人に漏らしていたそうです。その付き人の著書に、今作のロケ中に渥美清が漏らしたこんな言葉が紹介されています。
目の前には秋の琵琶湖が広がっています。
落ちかかる日差しに染まった、その湖面に目をやりながら、渥美さんが、ポツリと言うのです。
「死ぬのは、いやだねえ」
そこには、映画の寅さんとは違う、素顔の渥美さんがいました。篠原靖治「最後の付き人が見た渥美清最後の日々」祥伝社黄金文庫
45作「男はつらいよ 寅次郎の青春」のあとに御前様役の笠智衆が亡くなり、46作「男はつらいよ 寅次郎の縁談」のあとは「寅さんファンクラブ」の事務局長の方が亡くなり、今作のあとはシリーズ1作目からカメラを担当してきた高羽哲夫氏が肝臓がんで亡くなっています。
渥美清は自分と同じ病気で先に逝った高羽氏が、近い将来の自分の姿のように思えたんじゃないでしょうか。シリーズ終盤はまさに身を削る思いで撮影していた様子が、付き人というもっとも近い目線から本書の中に綴られています。
ここまでくると作品の出来不出来は二の次で、渥美清という一人の俳優が命がけで残した「寅さん」をただ目に焼きつけておくだけで充分じゃないでしょうか。
渥美清が生前に演じた「寅さん」は、いよいよ次回作で終了です。

