作品概要
「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」は1982年8月7日公開のシリーズ29作目。
マドンナにいしだあゆみを迎え、このシリーズには珍しく男女の生々しいシーンが描かれた異色作となっています。また、「北の国から」で親子を演じたいしだあゆみと吉岡秀隆の共演も見どころです。
評価:★★★★☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- 蒲原(作次郎の元弟子):津嘉山正種
- 近藤(作次郎の弟子):柄本明
- 加納作次郎(人間国宝の陶芸家):片岡仁左衛門
- かがり(マドンナ):いしだあゆみ
あらすじ
京都で商売をしていた寅次郎は、下駄の鼻緒をなおしてやった縁で人間国宝の陶芸家、加納作次郎と知りあう。作次郎の家には美しいがどこか影のある、かがりという女性が働いていた。
しかし、恋仲だった作次郎の元弟子が資産家の女と結婚するというのに、おとなしく身を引くかがり。そんな消極的な態度を作次郎は厳しく叱る。かがりは作次郎の家を辞め、故郷の丹後に帰ってしまった。
きつく叱りすぎたと後悔する作次郎は「風の向くまま、気の向くままよ」と旅立とうとする寅次郎に「その風、丹後に向いて吹かんやろか」と言う。
感想・考察
本作はこれまでの構成を変更したり、寅次郎とマドンナの肉欲的な感情を描いているなど、本シリーズとしてはかなりの異色作となっています。
冒頭の夢オチからタイトルバックに続く流れは同じですが、いつもの江戸川で繰り広げられるコントではなく、主題歌とクレジットが流れる後ろで寅次郎が絵ハガキに切手を貼り、近くで絵を描いている人に代筆を頼むところからそのまま本編に入ります。
「男はつらいよ」シリーズはタイトルバックが終わると寅次郎が旅から帰り、家の者たちとケンカになってすぐに出ていく。そしてまた戻ってからが本題というのがいつものパターン。
しかし、今作で寅次郎が帰ってくるのは作品開始から1時間8分も経ったころ。そのあいだ、柴又とは絵ハガキと電話一本だけでつないでいます。
マドンナのかがりは幼いころに親と死に別れたため「苦労が身について臆病になってしもたんやね」と寅次郎に語ります。そのため、恋人の蒲原が資産家の娘と結婚すると言っても黙って身を引いてしまいます。
そんなかがりの消極的な態度に作次郎先生は「人間、ここぞというときは全身のエネルギーを込めてぶつかっていかなければならん。命をかけてぶつからないとならん」と叱りました。その一言が、自分を抑えて生きてきたかがりの心に火を点けたようです。
作次郎の家を辞めて故郷に帰ったかがりは、丹後まで訪ねてきた寅次郎と酒を飲みながら、スカートから出ている足を見せるように横座り。
しかも寅次郎の目を引くように、スカートの裾を触っている確信犯。カメラは斜め上から見下ろすように、かがりの足を強調するアングルで撮ります。
二人の意味深な沈黙が続きますが、隣室に寝ている娘の「お母さ~ん」と呼ぶ声でブレイク! と思いきや、カメラは執拗にかがりの足を狙ったローアングルで追い続け、娘を寝かしつけるかがりの足を艶めかしく捉えます。
その足に思わず目を惹かれた寅次郎は逃げるように部屋を出ますが、テーブルを片づけながらコップ酒をグイッと飲むかがり。酒のちからを借りて気合いを入れたようです。
悶々として眠れない寅次郎の耳に階段のきしむ音が聞こえます。このときもカメラはかがりの素足をアップで捉えます。
「んっ」と小さく咳を切ってから「寅さん、もう寝たの?」と襖を開けるかがり。このとき、かがりは寅次郎が寝たふりしていることに気づいていたんじゃないかと思います。
ガッカリしたように部屋を出るかがりの素足を、カメラはまだ執拗に狙います。
「男はつらいよ」シリーズには珍しいほど艶めかしいシーンですが、やっぱり山田洋次監督は意図的に狙ったようです。
彼女にしてみれば、寅さんにもしその気があれば、彼のそばで一晩夜を過ごしてもいいという気持ちがあったのかもしれません。ところが寅さんの方は、もうひたすらおっかなびっくりで、タヌキ寝入りをしている。かがりはちょっとがっかりしたような顔で去っていくのでした。
寅さん映画では稀なるエロチック、きわどいシーンだったのです。
丹後から柴又に帰ってきた寅次郎は、病に臥せってしまいます。
最初はなにが原因かわからず当惑していた周囲の人たちですが、「お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ」の歌で、恋わずらいだと近所じゅうに知れ渡ることに。
二階に食事を運んでいった満男は、「おまえもいずれ、恋をするんだろうなぁ。あ~あ、かわいそうに」と寅次郎に言われます。
逃げるように階下へ降りた満男は「おれ、恋なんてしないよ!」と宣言。しかし、タコ社長に「するする! 寅さんの血を引いてるんだもの」と言われます。
寅次郎とタコ社長のセリフは、後の作品で恋にのたうち回る哀れな満男の将来を的確に予言しているようです。
鎌倉でのデートにかがりと二人で会うのが照れくさい寅次郎は、満男をむりやり連れていきます。
その満男を演じる吉岡秀隆は、ドラマ「北の国から」でいしだあゆみと親子を演じた間柄。一瞬、まるで純と令子を見ているように錯覚します。
鎌倉のあじさい寺で寅次郎を待っていたかがりは、赤いツーピースに化粧もバッチリの勝負モード。作次郎先生の家で働いていたときや実家にいるときの超絶地味な印象から、完全にイメチェン図ってます。気合い入ってます。
そんな場面に満男をつれてあらわれた寅次郎に、かがりは戸惑いの表情。結局はヘタレな寅次郎が緊張して、大人の恋は実らずじまい。かがりの気持ちを痛いほどわかりながら、その気持ちを受けとめられなかった自分を嘆く寅次郎。
悲しそうな顔の満男にさくらがわけを聞くと、寅次郎はかがりと別れたあと涙をこぼしていたと言います。
本シリーズにとって満男の存在は終盤に向かうほど大きくなりますが、前作と前々作は吉岡秀隆の顔見せ的な演出だったのに比べ、今作ではいずれ準主役になる予感を感じさせます。
結局は寅次郎のせいで成就しなかったおとなの恋ですが、それでもかがりの心には寅次郎への想いが残っていたようです。
「とらや」に届いたかがりからの手紙には、「風はどっちに向いて吹いていますか? 丹後のほうには向いていませんか?」と書かれていました。

