作品概要
「男はつらいよ 寅次郎真実一路」は1984年12月28日公開のシリーズ34作目。
惚れた女性は人の妻。自分の中に芽生えた許されぬ恋心に気づいて自己嫌悪に陥る寅次郎。顔で笑って腹で泣く。愛する人と友情とのはざまで苦悩しながらも不器用に意地を貫きます。
マドンナはシリーズ2度目の登場となる大原麗子。他に桜井センリ、津嘉山正種など。
評価:★★★☆☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- あけみ(タコ社長の娘):美保純
- タクシーの運転手:桜井センリ
- 富永:米倉斉加年
- ふじ子:大原麗子
あらすじ
いつものようにタコ社長とケンカをして、焼き鳥屋で憂さ晴らしの寅次郎。ところが金を持っていないことに気づいて妹さくらに電話するが、毎度のことに愛想を尽かされてしまう。このままだと無銭飲食で留置場行きは必至。すると、隣りにいた富永という男が「酒の5本や6本で留置場に行くことはないよ」と勘定を払ってくれた。
その富永が失踪した。大手証券会社の企業戦士として家庭を顧みずに働いてきた富永は、自由奔放な寅次郎と出会ったことで心の底の何かを抑えきれなくなってしまった。故郷で見かけたという情報を頼りに、寅次郎は富永の妻ふじ子と一緒に鹿児島へ向かう。
感想・考察
今作が公開された80年代は後のバブル景気を控えていた時期で、良くも悪くもエネルギッシュな時代でした。
ホンダとヤマハが中心となって高性能を競い合い「HY戦争」と呼ばれたオートバイブーム、そして、今は還暦過ぎたオバサンとなった元お姉ちゃんたちがディスコで夜な夜な踊り狂っていたころです。
ぼくも含めて、この時代にナウなヤングを過ごした世代にとって、当時の日本はまさに「Japan As No.1!」と感じたものでした。
しかし、サラリーマンにとってはブラックな労働環境があたりまえ。今作の富永課長のように、朝早くに家を出て日付が変わるころに帰宅する「企業戦士」たちが珍しくありませんでした。
企業戦士が現代の社畜と違うのは、自らすすんで滅私奉公していたところです。がんばれば昇給や出世という褒美をとらせてもらえる、定年後は夫婦でのんびり暮らせる、という夢を見られた時代です。しかし夫が頑張って働くほど、妻は家庭というかごの中の小鳥のようです。
寅次郎が富永の家で「ここはいいところですね」と言うと、ふじ子は鳥かごを見ながら「子どもにとってはね」と答えます。自然豊かで閑静な住宅地も、女盛りのふじ子にとっては見えない檻のように感じていたのかもしれません。
そんな退屈を束の間忘れられたのは、寅次郎との短い旅でした。しかし、寅次郎が同じ宿ではなくよそに泊めてもらうと言うと、ふじ子は「つまんない」とこぼします。もし寅次郎がふつうの男だったら……。
もしそうなったとしても、ふじ子にとって悪いのは富永であり、一夜くらいの不倫は許されるもの、という気持ちがあったのでしょう。
ちなみに、当時はいしだあゆみ、古谷一行などが出演していたドラマ「金曜日の妻たちへ」シリーズがヒットしていたころで、ここから「不倫」という言葉が一般的な言葉として世間に広まりました。
このタイミングでこういうストーリーにしたのは、家庭を顧みず会社に滅私奉公しているサラリーマンの働き方や、不倫を煽るような風潮への山田洋次監督なりのアンチテーゼかもしれません。
寅次郎を苦しめた博の悪魔のささやき
もし、富永が生きて帰ってこなかったら?
そうなったときを考え理性と煩悩のあいだで苦悶する寅次郎ですが、そもそもは「万一のあとを考えておくのが、兄さんの立場じゃないですか?」という博の一言が発端でした。
ふだんは今ひとつ影の薄い博ですが、たまに余計な一言を放つ癖があります。意外と博はこのシリーズの隠れたトリックスターかもしれません。
美保純の明るさに救われる
前作からタコ社長の娘あけみを演じているのが美保純。彼女の存在が暗くなりがちな「とらや」でのシーンを救っています。
森川信が初代おいちゃんを演じていたころは、渥美清とのコミカルな掛け合いで場を盛り上げることができましたが、それを地味な三代目の下條正巳に求めるのはムリ。そんな中で、美保純の存在は場面をパッと明るく転調する効果をもっています。
この頃は渥美清も50代半ばで、ホレたハレたを演じるだけでは厳しくなった時期。かと言って、吉岡秀隆が作品を支えるには、まだしばらく時間が必要でした。
そんなむずかしい時期に期待通りのキャラを演じた美保純は、もっと評価されていもいいと思います。
いい味出してる米倉斉加年
失踪するエリート証券マン富永を演じた米倉斉加年(まさかね)は、10作目「男はつらいよ 寅次郎夢枕」で八千草薫が演じる千代に惚れる物理学者を演じたほか、ふだんは柴又のお巡りさんとして出演しています。
今作はいつもと違ってシリアスな役どころですが、いい感じでくたびれたサラリーマンの悲哀を醸し出しています。とくに「とらや」の店先にあらわれたときの疲れ切った表情。
それに対して、「生きてたのかぁ」と思わず落胆する寅次郎の表情との対比が終盤での見どころでした。
昭和的な美しさに目を奪われる大原麗子
そして富永の妻ふじ子を演じた大原麗子は、22作目「男はつらいよ 噂の寅次郎」に続いて2度目の登場。そこにいるだけで目を惹かれる美しさですから、今作のマドンナには彼女をおいて他にはありません。
残念ながら2009年に62歳で亡くなりましたが、大原麗子と言えば、やっぱりサントリーのCMが印象深いですね。このビデオで在りし日の彼女の美しさを堪能してください。

