作品概要
「男はつらいよ 寅次郎の休日」は1990年12月22日公開のシリーズ43作目。
今回は満男と泉、その母と寅次郎、さらに泉の父と恋人という3組のカップルを描いた佳作。人間にとって幸せとは何かと満男が問いかけます。
評価:★★★★☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- 三平(くるまやの店員):北山雅康
- 題経寺の御前様:笠智衆
- 源ちゃん(寺男):佐藤蛾次郎
- 泉の父(一男):寺尾聡
- サチエ(一男の恋人):宮崎美子
- 泉の母(礼子):夏木マリ
- 及川泉:後藤久美子
あらすじ
一浪の末に大学生となった満男は、至れり尽くせりの過保護な環境に嫌気がさして自立を図ろうとする。そんなとき、名古屋から愛する泉が上京してきた。泉は恋人を作って出ていった父親に会い、自分と母の元へ戻ってほしいと頼むつもりだった。
しかし、泉の父・一男はすでに職場を辞めて、恋人のサチエがいる大分県に移り住んでいた。大分まで行くという泉を見送る満男は、思わず自分も新幹線に飛び乗ってしまう。
感想・考察
満男は一人息子をせっせと世話する母さくらを疎ましく感じ、一人暮らしをすると言いだします。これまで「くるまや」ファミリーの中で過保護に育ってきた満男にも、ようやく自立心が芽生えたようです。
そんな満男に対して泉は父親が恋人を作って家を出てしまい、そのために東京を離れて名古屋に移り、さらに叔母が暮らす佐賀へ行き(42作)、また名古屋へ戻るという、自分の意志とは無関係に波乱万丈な生活を余儀なくされます。
両親どころか「くるまや」のおいちゃん・おばちゃんまで揃っている満男は、壊れてしまった泉の家族を目の当たりにしたことで、自分が恵まれていることを理解したようです。
さらに満男には寅次郎という頼れる伯父さんもいます。近所の人たちからバカにされようが、身内からお荷物扱いされようが、たった一人の甥っこのためには体を張ってくれる。この頃になると寅次郎が熱くなるのは、マドンナよりも甥っこ満男のようです。
「困ったことがあったら、風に向かってオレの名前を呼べ。伯父さん、どっからでも飛んできてやるから」
もしかしたら、寅次郎は甥っこ満男のために生まれてきた男なのかもしれませんね。
今回も父親の悲哀を見せてくれる博
前回の42作「男はつらいよ ぼくの伯父さん」では一人息子とのコミュニケーションに悩む博の哀愁が見どころのひとつでしたが、今回でもその路線は踏襲されています。
泉が満男の家に泊まることになった夜、博は二人きりで二階にいる満男と泉が気になってしょうがありません。もう寝るように注意しに行こうとしますが、ちょうど部屋から出てきた満男に「なんだ父さん、まだ起きてたのか。早く寝ろよ!」と言われてしまいます。
また、泉と一緒に九州へ向かう満男が新幹線から電話をしたとき、「今、お父さんに代わるから」とさくらが言っても「お金がない」とガチャ切り。またもや受話器を受け取ろうとした手をそっと下げる博でした。
それでも満男と泉を追いかけて九州へ向かう寅次郎と礼子のために寝台車を手配したりと世話を焼く博の姿に、日本じゅうのオヤジは涙を禁じ得ません。
急速に老いが目立つレギュラー陣
映画「男はつらいよ」シリーズは時間軸に矛盾があります。
満男の成長する姿はそのまま描いているのに、寅次郎をはじめとする「くるまや」の人たちは年齢不詳です。
今作の時点で寅次郎を演じる渥美清は62歳。おいちゃんの下條正巳は75歳、おばちゃんの三崎千恵子は70歳、タコ社長の太宰久雄も67歳。この中でもとくにタコ社長とおばちゃんの二人は、ここ数年で急に老け込んだように見えます。
それなのに、「40過ぎて独身なんてみっともないだけだよ」と言うおばちゃんのセリフは、寅次郎と自分たちはシリーズ前半のままの年齢設定ですという、かなりムリ筋な発言です。
寅次郎の舎弟だった登を演じた秋野太作は自著で、こう書いています。
年月は、隠しようもなく、そのたたずまいを、微妙に変えてはいるのだ。
役者たちは老け込み、スタッフたちも、やっぱり老人になっていた――。
しかし、誰もが、少しも変わらぬ素振りを続けていた。
それがオカシ?かった。
切ない女心を好演した夏木マリ
前回の42作「男はつらいよ ぼくの伯父さん」では顔見せ程度だった泉の母・礼子を演じる夏木マリ。今作では寅次郎のマドンナを演じています。と言っても、寅次郎と本気で恋仲になるわけじゃないので「マドンナふう」。
寝台車のカーテン越しに寅次郎と手を触れ合わすフィンガーアクションは、彼女のヒット曲「絹の靴下」のパロディーですね。
父親を追って大分まで会いに行った泉に、どうして戻ってくれと言わなかったと訊く礼子。「パパ、幸せそうだったから」と言う泉の答えは、礼子にとってもっとも残酷な一言でした。
見た目が派手で気も強そうな礼子ですが、夫を裏切るようなことだけはしてこなかったと、一男への愛情を寅次郎に洩らします。だから「いちばん大事なことでウソつかれていた」ことが許せません。
さらに、自分のような派手な女よりも若くて優しい女のほうが良かったのかと、いまさら夫にNGを出された礼子のショックがどれほど大きかったかは想像がつきますね。
旅館で仲居に家族と間違われて、「このままほんとうの家族にならない?」なんて酔った勢いで悪い冗談を言いますが、考えてみると「ほんとうの家族」ってなんでしょうね。
「家族」の定義は国によっても時代によっても違うので、じつは「ほんとうの家族」という集団はありません。フランスのように籍を入れなくても「事実婚」として夫婦と同じ権利義務が与えられる国もあります。
礼子を演じた夏木マリは2007年からミュージシャンの男性と「フランス婚」と称した事実婚を始めましたが、ここは日本なのでフランスのように正式な夫婦と同じ権利義務はもてません。そのためかどうかは知りませんが、2011年にはあらためて夫婦として入籍しています。
寺尾聡と宮崎美子が好演
今作の出来ばえに大きく貢献したのが、泉の父・一男を演じた寺尾聡と恋人・サチエの宮崎美子。
寺尾聡は76年の17作「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」と77年の19作「男はつらいよ 寅次郎と殿様」にも出ていますが、当時は端役での出演。それから10年以上経った今回は役者としてキャリアを積み、実直で素朴な男性を好演しています。
寺尾聡といえば、79年に始まった「西部警察」のリキ刑事のイメージが印象的。クルマが宙を飛んだり爆発したりと、今じゃぜったい撮影許可が下りないド派手なアクションシーンは、いま観ると新鮮な刺激がタップリです。
この頃の寺尾聡はシンガーソングライターとしても「ルビーの指輪」などのヒット曲を連発していました。これらの曲は、いま聴いてもシブくてキャッチーないい曲です。
一男の恋人・サチエを演じた宮崎美子。ほのぼのとした彼女の雰囲気なら、泉が別れてくれと言えなかったのもうなずけます。
素朴で柔らかい雰囲気のサチエは、派手な泉の母・礼子とは対照的。この二人のキャラをハッキリと描き分けた演出はウマイですね。
細かい見どころですが、薬局を営むサチエが薬問屋と思わしき電話の相手に「9+1」の割増が付いてなかったわよと言うところがあります。ぼくも薬問屋で働いていたことがあるので、ちょっと懐かしいフレーズでした。
「9+1」は10%OFFということですが、当時はこういうカタチの値引きが市販薬業界ではよく行われていました。今は知らんけど。
ときに割増が8+2になったりすると、薬問屋の営業マンは会社や薬品メーカーからのプレッシャーを背負いながら必死に得意先の薬局・薬店にセールスを仕掛けたものです。ああ、イヤな思い出……。
その宮崎美子がブレイクしたのは1980年「ミノルタX7」というカメラのテレビCM。恥じらいながらジーンズを脱ぐ(やや、ぽっちゃりな)姿が日本じゅうの男たちの目を釘づけにしました。
スリムな女性がもてはやされる風潮に逆らうような宮崎美子さんのプロポーションは、志村けんが腹をつまみながらネタにしていたのを思い出します。
幸せって、なんだっけ?
作品の後半で満男は、心の中で寅次郎に問いかけます。
「伯父さん、幸せってなんなんだろう? 泉ちゃんのお父さんは、ほんとうに幸せなんだろうか。タコ社長は寅さんがいちばん幸せだって言うけど、お母さんから見て不幸せだとすれば、どっちが正しいんだろうか?」
満男役の吉岡秀隆も出演していた映画「三丁目の夕日」は昭和30年代の日本を描いた作品ですが、当時は頑張って働けばテレビや洗濯機など物質的な豊かさが得られた、幸せが画一的でわかりやすい時代でした。
でも、今は貧しくても冷蔵庫や洗濯機はあるし、テレビはむしろ不要な家電になりつつあります。モノが揃ったあとの幸せって、なんでしょうか?
これからは、忙しさや対人関係など余計なストレスからできるだけ距離をとれる生き方が幸せの尺度に、少なくとも重要な基準の一つになると思っています。
いまでも「男はつらいよ」が幅広い世代に人気がある理由は、寅次郎の生き方が競争社会というストレスの温床とは距離をとっているからじゃないでしょうか?
15で家を出た寅次郎は、風の吹くまま気の向くままに自由な生き方をしています。それは34作「男はつらいよ 寅次郎真実一路」の富永や、41作「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」の坂口のような企業戦士たちが、心の奥で憧れる生き方でした。
また、7作「男はつらいよ 奮闘篇」では少し発達の遅れた少女が紡績工場から逃げ出し、故郷の青森に帰って自分のペースで幸せに生きる様子が描かれていました。
「三丁目の夕日」は頑張って働けば豊かになれる時代を描きましたが、モノを買い揃えるために自由をあきらめた時代です。でも、物質的な豊かさにあまり意味がなくなった今の時代、もう昭和的な豊かさは古い価値観になりつつあります。
あくせくしながら前だけ見て生きるより、寅次郎のように身も心も軽やかに生きる。実際にはむずかしいでしょうが、その神髄みたいなものは取り入れて生きていきたいものです。

