作品概要
「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」は1981年8月8日公開のシリーズ27作目。
ドラマの主題歌「愛の水中花」がヒットした松坂慶子をマドンナに迎え、珍しく大阪を舞台にした意欲作。また、今作から寅次郎の甥っこ満男役が吉岡秀隆に交代。幼いころから独特の存在感を放っています。
評価:★★★★★
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男:吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- 寿司職人の誠:斉藤洋介
- 宿屋の主人:芦屋雁之助
- ふみ:松坂慶子
あらすじ
寅次郎は瀬戸内海の島で、墓参りに来ていた清楚な女性ふみと出会う。その場は軽い会話で別れたが、数日後に大阪で再会したふみは艶やかな芸者だった。
寅次郎はふみと一緒に奈良の宝山寺へ参拝に出かけ、幼いころに別れたきりの弟がいると聞く。二人で弟が勤める運送会社を訪ねてみたが、弟は急死したばかりと告げられる。
その夜、ふみは寅次郎の宿で酔いつぶれてしまう。翌朝、寅次郎が部屋に戻ると別れを告げる手紙が残されていた。
感想・考察
松坂慶子が美しい!
今作の見どころをひと言で言うと、こうなります。しかも、彼女の描き方がじつにウマイ。
瀬戸内の小島で祖母の墓参りに来たときは、薄化粧にひっつめ髪の清楚なイメージ。
寅次郎が工場勤めか? それとも郵便局か? と訊くほど地味な印象だったのが、大阪で再会した彼女は艶やかな芸者さん。
この振り幅の大きな描き方は山田洋次監督のうまさでしょう。
そのとき寅次郎が売っていたのが水中花。もちろん松坂慶子のヒット曲「愛の水中花」にちなんだものですね。
弟の死を知ったふみが、寅次郎の宿を訪ねて酔いつぶれるシーンは、今作をはじめて観たときからずっと脳裏に焼き付いていた印象深いシーン。
「ウチ、泣きたい。寅さん、泣いてもええ?」と寅次郎の膝にすがって泣くふみ。酔いが回って寝落ちしたふみに、寅次郎がしびれた足を引きずりながら布団をかけてやるシーンは見どころのひとつ。
そんなシリアスなシーンに雁之助の階段落ちというボケを挟むのも、甘いのとしょっぱいのを一度に味わうような演出のうまさを感じます。
満男役が吉岡秀隆に変更
今作から寅次郎の甥っこ満男が、中村はやとから吉岡秀隆に代わっています。
吉岡秀隆は1977年の映画『八つ墓村』で主人公・寺田辰弥の少年時代役を演じていますが、このときに金田一耕助を演じたのは渥美清。
1980年の山田洋次監督『遙かなる山の呼び声』では、倍賞千恵子が演じる民子の息子を好演。同作には渥美清も出演していたので、今作でも山田ファミリーにすんなり溶け込んでいけたんじゃないでしょうか。
そして1981年10月からはドラマ『北の国から』の放送が始まっているので、今作の撮影が終わって間もないうちに『北の国から』の撮影が始まったのかもしれません。すごいハードスケジュールの子役ですね。
今作は吉岡秀隆が初登場のためか先代の満男よりセリフ多めで、お披露目的な演出が見られます。
とくに「とらや」を訪れたふみが「じつはウチ、結婚するんです」と言って場を凍てつかせたとき、寅次郎の顔をじ~っと観察している満男には先代になかったブラックな気質を垣間見るようですw
さくらさん、スクーターに乗る
これまではママチャリで駆け回っていたさくらさん、今回は颯爽とスクーターを走らせています。
この頃は50ccの原チャリがブーム。そのきっかけとなった「ホンダ ロードパル」はイタリアの女優ソフィア・ローレンをCMキャラクターに起用して、車名を知らない人にも「ラッタッタ」で通じるほどの大人気でした。
そうなるとライバルのヤマハも黙って見てはいません。すぐに「パッソル」を発売。絶対バイクに乗りそうにない八千草薫を起用して、そのギャップの大きさにインパクトがありました。
どちらもママチャリのおばさんたちを原チャリに乗り換えさせようとする狙いがあったようです。だから、さくらをスクーターに乗せるのはスズキにとってもいい宣伝になったんでしょう。
ただ、当時はスクーターと言えばホンダかヤマハ。スズキの50ccスクーターなんて見たことありませんでしたから、出遅れたスズキはちょっと焦っていたころかもしれませんね。
ふみは気の利かない女だったのか?
マドンナふみを演じた松坂慶子は2023年3月時点で70歳。近ごろはCMやドラマでコミカルな役どころも演じる可愛いおばあちゃん女優になっていますが、30歳ころの彼女は正統派の美人女優といった感じですね。今作は当時の松坂慶子を観るだけでも価値がある作品じゃないかと思います。
しかし、今回新たに見返すまではストーリーに疑問な点がありました。
と言うのも、ふみが結婚報告のために「とらや」を訪ねてきたことに、ずっと違和感がありました。というより、無神経な女だと思ってました。
たとえば、もし自分をふった元カレがやって来て「おれ、結婚することにしたわ!」って言ったら、女はどう思うでしょうか。「はぁ? てめえ、わざわざそれ言いに来たのかよ!」って思うんじゃないでしょうか。
しかも、そこに結婚相手の女から電話が来て「まだぁ?」とか言われてたら、とっとと帰りやがれ! って思いますよね。
ふみがしていることは、そういうことじゃないのか? 気の利かない女なのか? と思ってました。
でも、よく観ると違いました。ふみと寅次郎は相思相愛。そのことに二人とも気づいていなかったんですね。
ふみが寅次郎の宿で酔いつぶれたとき、そっと部屋を出ていく寅次郎のうしろで「寅さん」とささやきながら、ふみの手が寅次郎を探すように動いています。
でも目が覚めたとき、寅次郎はそばにいなかった。それでふみは「迷惑だったら、そう言ってくれれば……」と書き残して静かに宿を出ていきました。
そして寅次郎はふみの手紙を読んで自分のほうがフラれたと思い込み、東京に引き上げました。
ふみと寅次郎は互いに惚れていた。なのに擦れ違ってしまった。ただそれだけでした。
ふみが「とらや」を訪ねたのは、結婚前にもう一度だけ寅次郎に会いたかったんでしょう。
しかし自分がフラれたと思っている寅次郎にとっては、傷口に塩をこすりつけられるような思いです。そんな気持ちを寅次郎はさくらに愚痴っています。
「わざわざ来るこたぁなかったんだよ。ハガキいっぽん出しゃ済むことじゃねぇか」
「わざわざそれを言いに来た、ふみさんの気持ちにもなってごらんなさい」と言うさくらに、「こっちの気持ちにもなってくれって言うんだよ。こんなみじめな気分にさせられてよ」と答える寅次郎。
こんなふうに寅次郎が恨み言を言うのは、シリーズの中でもはじめてでしょう。さくらが「お兄ちゃん、よっぽど好きだったのね」と言うくらい、ガチで惚れていたんですね。
男と女に限らず、人と人との関わりは、ちょっとした思い違いで擦れ違ってしまいます。面倒くさいけれど、それが人間関係ってもんでしょうね。

