松竹映画『八つ墓村』は1977年10月29日の公開。当時はテレビCMが盛んに放送され、劇中の登場人物・濃茶の尼による「祟りじゃ〜」が流行語となりました。
主演は萩原健一ですが、もっとも存在感を示していたのは多治見要蔵と久弥の二役を演じた山﨑努。また、渥美清が石坂浩二・古谷一行とは違って落ち着いた雰囲気の金田一耕助を演じているところにも注目です。
【主なキャスト】
- 寺田辰弥:萩原健一、吉岡秀隆(幼年期)
- 多治見要蔵・久弥:山﨑努(二役)
- 金田一耕助:渥美清
- 森美也子:小川真由美
- 多治見春代:山本陽子
- 井川鶴子(辰弥の母):中野良子
- 多治見小竹:市原悦子
- 尼子義孝(落ち武者):夏八木勲
『八つ墓村』あらすじ
戦国時代、尼子義孝と一族は毛利に敗れ、山々に囲まれた寒村に逃げ延びて暮らしていた。ある日、村人たちから祭りに招かれるが、それは毛利からの報奨金に目がくらんだ村人たちによるだまし討ちだった。尼子義孝は村人たちに末代まで祟ると言い残して絶命する。
そして時は現代。寺田辰弥は自分が新聞広告の尋ね人に掲載されていることを知り、連絡先の弁護士事務所を訪れる。背中の火傷で本人だと認められるが、同席していた母方の祖父である井川丑松がその場で変死してしまう。
辰弥は親戚にあたる森美也子に生まれ故郷の八つ墓村へ連れて行かれ、自分が多治見家の跡取りであることを知らされた。しかし、祖父・丑松に続いて初対面の兄・久弥までも辰弥の目前で急死。そのあとも八つ墓村では村人の不審死が相次いでいく。
感想・レビュー
この頃に映像化された横溝正史作品に共通するのは、戦後から昭和50年代までの日本にあったウェット感。経済的には順風満帆だった日本でしたが、常に独特な湿り気が世の中にあったように思います。
とくに岡山を舞台にした横溝作品には古くからの因習が練りこまれているため、作品全体に含まれる、じっとりした寝汗のような湿り気が持ち味になっています。
今でも時どき横溝作品が映像化されますが、「なんか違うなぁ」と感じるのは昭和にあった湿り気が感じられないからかもしれません。
さて、今作は7億円という当時としては多額の予算をかけた大作だけに、出演者の顔ぶれも豪華です。中にはクレジットを見て「この人どこに出てたっけ?」と見逃すほど有名な俳優がチョイ役で出ていたりします。
金田一耕助シリーズといえば、石坂浩二や古谷一行が演じたボサボサ髪からフケをまき散らし、袴姿で下駄を鳴らしながら走るイメージが確立されていますね。だから今作をはじめて観たときは、「なんで寅さんが金田一?」と違和感しかありませんでした。しかし渥美版の金田一は出しゃばらず物語に集中できるので、こういう静かな金田一もありだなと思います。
主人公の辰弥を演じた萩原健一は型破りなイメージの強かった俳優ですが、今作の前に出演していたドラマ『前略おふくろ様』で純朴な役柄をこなしたことで俳優としての幅が広がったように思えます。
今作で一か所、辰弥が「あ、いや~」というところがあるんですが、その言い回しがまるっきり『前略おふくろ様』の三郎でした。もしかして、狙ったのかな?
森美也子を演じた小川真由美は、悪のヒロインにふさわしい妖艶な美しさ。こんな美人だったらどんな悪人でもかまわないと思ってしまうのは、ぼくだけでしょうか? きっとその答えは、あなたが男性か女性かで異なるでしょう。
男の本音は「ブスな善女より、美人の悪女」です。
男は悪女に惹かれてしまう生き物なんです。生理的にそうできているので、理性ではどうにもなりません。ルパンが峰子に惚れてしまうのと同じです。今作は山本陽子が演じる春代が清楚なので、美也子とのキャラの違いがはっきりしていたのが高ポイントです。
そして、今作でもっとも存在感を示したのは、多治見要蔵と久弥の二役を演じた山﨑努。
要蔵が頭に懐中電灯を差して桜吹雪の中を駆けていくシーン。当時はテレビCMでも繰り返し放送されたインパクトの強いシーンでした。このときは頭の位置が上下にぶれないよう、山﨑努は走り方に工夫していたそうです。
もう一人、存在感の強いキャラは「祟りじゃ~」の濃茶の尼。演じたのは任田順好(とうだじゅんこう)という女優さん。一般的には名前が知られていないようで、Wikipediaにもページがありませんでした。しかし『男はつらいよ』の谷よしのさんのように、一振りの「味の素」のような存在なのかもしれません。
ところで、昔から濃茶の尼の「濃茶」ってなんだろう? と思ってましたが、今さらながら調べてみると、茶道では薄茶と濃茶があるそうです。例えて言えば、一般的な薄茶はふつうのコーヒー、濃茶はエスプレッソのように芳醇な味わいということのようです。
とは言え、とても濃茶の尼が心静かにお茶を点てるようには見えませんね。

思わぬ伏線だった辰弥と美也子のシーン(ちょっとネタバレ)
今作の中では、同じ構図のシーンが3度出てきます。最初は尼子一族がようやく村に辿りつき、眼下に広がる集落を見下ろしているところ。ラストにも復習を果たした尼子一族の怨霊が集落を感慨深く見下ろしています。最初と最後で同じシーンを繰り返したことで、とてもインパクトのある構図となっています。
同じ構図は途中にも挿入されてます。美也子が辰弥を連れて、山の上から集落を見下ろしているところ。ここが伏線になっています。
尼子一族の復讐が成就しつつあるとき、金田一は村人たちにあることを告げます。それは美也子も気づいていないだろう自身の血筋について。さらに金田一は辰弥の実父の出身地もつきとめましたが、それ以上は調べるのをやめたと言います。
結局は辰弥も美也子も尼子一族の復讐のために利用されていたことが、山頂のシーンに込められていたというわけでした。深い演出ですね~。
『男はつらいよ』の出演者たち
当時は渥美清の『男はつらいよ』シリーズが松竹のドル箱作品でしたから、今作にも『男は』の出演者たちがチラホラ登場しています。
まず、井川勘治役の井川比佐志はテレビドラマ版『男は』で諏訪博士(ひろし)を演じ、映画版5作目『男はつらいよ 望郷篇』でも、ドラマ版さくらを演じた長山藍子と共に出演しています。

工藤校長役の下條正巳は、シリーズ14作目『男はつらいよ 寅次郎子守唄』から3代目竜造おいちゃんを演じました。今作で村の巡査を演じた下條アトムとは親子で共演しています。
『男は』で旅役者の大空小百合などを演じた岡本茉利も、今作では村の娘としてセリフ付きの役で出演しています。
そして辰弥の幼少期を演じたのは、後に渥美清と『男は』のダブル主人公を務めた吉岡秀隆。渥美清とは既にここで共演していたんですね。
吉岡さんは当時6歳くらいで今作が映画初出演。このあと1980年に高倉健主演の『遙かなる山の呼び声』で倍賞千恵子の息子を演じ、1981年からは国民的ドラマ『北の国から』で黒板純を演じてブレイクしました。なんというか、すごく「持ってる」俳優さんですね。

当時と今の映画にある違いとは?
今作には主要な人物のほかにも、大物俳優が登場しています。その筆頭格が落武者の大将・尼子義孝を演じた夏八木勲。同じく尼子一族の落武者には田中邦衛も! ろくにセリフもない役ですから、田中邦衛のムダ遣いと言っても過言じゃありません。
その他にも風間杜夫、島田陽子、夏純子など、彼ら彼女らがチョイ役で出ているので「ウォーリーを探せ」的に観なおしてみるのも一興です。
さて、久しぶりに今作を観て感じたのは、どうして今はこんな作品ができないんだろうという疑問でした。
もちろん今の映画でも、出演者や関係者たちは頑張って作っていると思います。それでも昭和の作品にあったひたむきさというか体を張った気迫は、平成や令和の作品では薄れているように感じます。
冒頭に尼子一族が険しい崖を昇るシーンがあります。滝が流れ落ちる絶壁を必死に登る落ち武者たち。こんなシーンも今ならきっとCGで簡単に作れるでしょうが、今作では実際に、たぶん名もなき大部屋俳優たちが体を張って崖に張り付きながら演じていたんじゃないでしょうか。
今の時代はCGをはじめ撮影技術も向上し、どんなシーンもパソコンの中で作れてしまいます。また、ちょっと羽目を外しただけでバッシングされてしまう今の俳優たちが平凡な人ばかりになるのもしかたないのかもしれません。だから、いっそアニメのほうが完璧なファンタジーを表現するのに重宝されるんじゃないでしょうか。久しぶりに『八つ墓村』を観ていると、そんなことを感じました。
さて、『八つ墓村』を観たあとは、やっぱりあれを観なくてはなりませんね。
あ、今あれを『犬神家の一族』だと思ったでしょう? 違います。次に見る「あれ」とは、今作の元ネタとなった「津山30人〇し」を扱った『丑三つの村』です。近日中に視聴してレビューをアップします。Coming Soon!


