作品概要
映画『幸福の黄色いハンカチ』は刑務所帰りの男が、途中で知り合った若い男女と一緒に妻の待つ夕張へと向かうロードムービー。後に『遙かなる山の呼び声』や『駅 STATION』でも愛し合う男女を演じた倍賞千恵子とは今作が初の共演でした。また、武田鉄矢という俳優の原石を発掘し磨き上げたことでも意義深い作品です。
今回のレビューはちょっと視点を変えて、桃井かおり演じる朱美が勇作や欽也との旅を経て成長していく姿にフォーカスしてみました。
- 監督:山田洋次
- 脚本:山田洋次、朝間義隆
- 撮影:高羽哲夫
- 公開:1977年10月1日
- 上映時間:108分
主なキャスト
- 勇作:高倉健
- 光枝:倍賞千恵子
- 朱美:桃井かおり
- 欽也:武田鉄矢
レビュー:
北海道を舞台としたロードムービーということで、道民のぼくとしては網走や夕張など過去に訪れたことがある土地に親近感をもつと同時に、1977年の町並みや今作のアイコンとなるファミリアなど当時の自動車にも懐かしさを感じます。
欽也(武田鉄矢)がフェリーで上陸した釧路の街には、バブル後に倒産した北海道拓殖銀行「たくぎん」の看板が映っているのも感慨深いところです。この頃は、まさか「たくぎん」が潰れる日が来るとは道民の誰も想像できなかったでしょう。
『幸福の黄色いハンカチ』は公開から50年ほど経った今でも多くの人たちに愛されており、後には菅原文太や阿部寛の主演でテレビドラマ化されたこともあるほど、日本人の心の琴線に触れる作品です。※ドラマ版『幸福の黄色いハンカチ』も、いずれレビューしたいと思います。
一般的には帰りを待ち続けていた光枝と勇作の感動的な再会物語として受け止められている今作ですが、今回あらためて見直してみると、欽也と朱美の2人が勇作と出会って数日の間に内面を変えていった成長ぶりが目を引きました。とくに内気な朱美が最後にはしっかりした女性になったのが印象的です。
ヤクザな性分のくせに、グジグジと女々しい勇作(ダメ男その1)
主役の勇作は今作の中でもっともダメな男です。自分のことしか考えず、気に入らないことがあるとすぐにカッとなって暴力を振るってしまうとても反社会的な性格と言えます。
妻の光枝が流産したこと、過去にも流産したことを隠していたことに腹を立て、光枝がつらそうに横になっている側で酒をあおり、外へ出ていった途端に八つ当たりで若者を殴り○してしまいます。「ムシャクシャしてたからやった」のでは、ただの通り魔です。
高倉健が演じているので一見カッコよく見えてしまいますが、よくよく勇作のキャラを観察すると、いつ爆発するかわからない凶暴な男です。
そのくせ、いざ夕張に帰ろうとすると怖気づいてしまう女々しさもたっぷり持ち合わせており、凶暴さと女々しさのマイナスコンボ野郎です。
勇作は欽也に向かって朱美に対する態度が悪いと説教をしますが、じつは他人に偉そうなことを言えるような奴ではありません。
もしまたリメイクするなら、勇作役はダメ男っぷりがうまい吉岡秀隆に演じてほしいと思います。
じっと待ち続ける光枝は、男にとって超都合のいい女
勇作の帰りを夕張で待ち続けていた光枝。夫は人○しですから、狭い田舎の集落で暮らし続けるのはたいへんな苦労だったと思います。そのへんはまったくスルーされてますが、6年ものあいだ光枝はどうやって暮らしていたんだろうと不思議に思います。
倍賞千恵子は『遙かなる山の呼び声』でも服役する耕作(高倉健)を待ち続けることにしたり、『男はつらいよ』シリーズでも、いつ帰ってくるかわからない兄の寅次郎(渥美清)を待つ女を演じているので「待つ女」はお手のもの。
一方的に別れを言い渡されても夫の帰りを待ち続ける女性なんて、現実にはいません。ツチノコとかビッグフットのような未確認生命体と同じくらい架空の存在です。だから勇作が、光枝はきっともう待っていないと思うのは当然です。ふつうはそうです。ふつうじゃないから映画が成り立ちます。
こういう、なにがあっても自分のことを待っていてくれる女ってのは、男にとって理想的です。ダメな自分を丸ごと受け入れてくれる女性、山田洋次監督が描く女性像にはそういうタイプが多いですね。たぶんマザコンでしょう。
撮影時の裏話としては、スーパーでレジを打ちながらお客さんや勇作と会話するシーンは、かなり苦労したと倍賞千恵子さんの著書に書かれています。じゅうぶんに練習する間もなく撮影となったので、かなり必死だったそうです。
山田洋次監督はわざとじゅうぶんな練習時間を与えずに特殊な作業をさせるのが流儀のようで『遥かなる山の呼び声』でも農機具の運転を前日にマスターするように言われたそうです。
それでもなんとか自然に演ってみせるんですから、さすがです。
あとさき考えない直情径行タイプの欽也(ダメ男その2)
武田鉄矢が演じる欽也も、じつは勇作と同じように突発的に行動してしまう性格です。そういうところは、とてもよく似ています。
女にフラレたという理由で仕事を辞めてしまうし、フェリーに乗るその夜になってから仲間を誘うなど、行動が自己中心的で短絡的な性格。計画性というものがまったく感じられないバカ男です。
北海道に渡ってからも女性を欲望のはけ口としか見ておらず、朱美と肉体関係を持つことしか考えていない欽也は勇作を邪魔者扱いします。
勇作はそんな欽也を、自分の中にもあるダメな部分の合わせ鏡のように見たのかも知れません。だから農家の二階では、つい欽也に説教をたれてしまいます。
そんなアホな欽也も勇作や朱美と出会ったことで変わります。とくに、勇作が光枝と別れることになった経緯を聞いた欽也は、そのときはじめて他人の人生に同情し涙を流せる男になります。レベル3くらいまで成長しました。
ウジウジと陰気臭い内向的なキャラから脱皮した朱美
ふだんは車内販売をしている朱美は邪魔な客に注意もできないほど内向的で、男に浮気されたのを機に北海道へ傷心旅行に来ます。
しかし欽也や勇作と3人で旅をするうち、朱美は勇作にプライベートなことを根掘り葉掘りと聞き始めます。内気なくせに無神経というちょっとイラッとする朱美ですが、勇作が夕張に行くと言い出した頃からキャラ変します。
この頃になると当初の陰気臭さも消えて、わりとしっかり者になってます。とくに夕張に近づいてから勇作が怖気づいたときは、どっちが年上かわからないほど上から目線で説教します。勇作をながめすかし「欽ちゃん、行こう!」と言うセリフには、すっかり3人の中で主導権を握っていることがうかがえます。
当初の陰気くさい女から、最後はしっかりした女へ。このキャラ変を自然に演じていった桃井かおりの演技力が光ります。倍賞千恵子よりも強い存在感を見せてくれた桃井かおりのほうが、今作の主演女優と言っても過言じゃありません。
今作が俳優としてのデビュー作となった武田鉄矢は、第1回日本アカデミー賞の助演男優賞を受賞。桃井かおりも助演女優賞を受賞しています。今作が成功した要因のひとつは、間違いなくこの4人をキャスティングしたことでしょう。
もし当初の予定通り山口百恵が朱美を演じていたら、きっとキャスティングのバランスが悪くなってしまったんじゃないかと思います。桃井かおりが演じたのは、映画の神様のお導きだったのかもしれません。
※※※ 1982年に放送された菅原文太主演のドラマ『幸福の黄色いハンカチ』もレビューしました。全5話からなる見ごたえのある作品になっています。第1話のレビューは下記リンクよりご覧ください。 ※※※
※※※ 2011年に放送された阿部寛主演のドラマ『校風の黄色いハンカチ』もレビューしました。今作は舞台を北海道の日本海に面した羽幌町に固定。夏川結衣や堀北真希、倍賞千恵子や武田鉄矢らも出演しています。 ※※※