作品概要
「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」は1989年8月5日公開のシリーズ41作。オーストリアの首都ウィーンを舞台にした初の海外ロケ作品。
激務に疲れ果てたサラリーマンが寅次郎と知りあい、ウィーンで元気を取り戻す様子を描きながら、日本人の働き方に疑問を投げかけています。
マドンナは3度目の登場となる竹下景子。また38作「男はつらいよ 知床慕情」に続いて淡路恵子が彼女の保護者的な立場で共演しています。他に柄本明、笹野高史、イッセー尾形ら名バイプレーヤーたちの怪演も見どころです。
評価:★★★☆☆
主なキャスト
- 車寅次郎(主人公):渥美清
- さくら(妹):倍賞千恵子
- 竜造(叔父):下條正巳
- つね(叔母):三崎千恵子
- 博(さくらの夫):前田吟
- 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
- タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
- 三平(くるまやの店員):北山雅康
- 題経寺の御前様:笠智衆
- 源ちゃん(寺男):佐藤蛾次郎
- 旅行会社の社員:イッセー尾形
- 車掌:笹野高史
- 坂口:柄本明
- マダム:淡路恵子
- 久美子:竹下景子
あらすじ
旅の途中で寅次郎が乗る電車が急停車。車掌と一緒に降りてみると、スーツ姿の男が線路の上に横たわっていた。幸い事故は免れたものの放ってはおけず、寅次郎は車掌と一緒に坂口というサラリーマンを宿に連れていく。
すっかり寅次郎になついた坂口は、行きたいところがあるから一緒に行ってくれと言う。「湯布院」と聞き違えた寅次郎は、坂口と共にオーストリアの首都「ウィーン」へ旅立つこととなった。
感想・考察
過去には4作目「新 男はつらいよ」でハワイに行きかけたことがありますが、まさか、寅さんがほんとうに海外へ行くとは誰も思っていなかったでしょう。それは山田洋次監督も同じだったようです。それがなぜ海外ロケ、それもオーストリアの首都ウィーンとなったのかについて、山田監督はこう語っています。
ウィーン市長のツィルクさんという方が『男はつらいよ』の熱心なファンだったのです。
ツィルクさんは親日家で、日本にも何度もきています。その往き帰りのJALの飛行機の機内で、『男はつらいよ』を観たことが寅さんとの出会いだったらしいのです。それから日本の劇場で、ビデオで、寅さんを観て、ますます寅さんを好きになる。ツィルクさんがいうことには、
「わが町こそ、恋の都。寅さんにふさわしい舞台である。ウィーン人の人情も寅さんにぴったりである。寅さんは朝起きて、自分のスケジュールを頭の中にインプットするなんてことは大嫌いである。そしてわがウィーン人もまさにそうである。ワインを飲んで、歌を歌って、いつも恋をして、毎日楽しく暮らしたいというのがわれらの心情なのである」
そのようなことを二年がかりで誘惑されて、この作品は実現したわけです。
なるほど。ウィーン側から熱烈歓迎なロケ招致があったわけですね。
豊かな文化遺産と芸術の街ウィーンの人々は、仕事と余暇のバランスを重視する生き方をするそうです。人生は楽しむためにあるという気風なんでしょうね。
それに対して、当時の日本はバブル景気真っ盛りのイケイケ時代。ビジネスマンは滅私奉公して企業のために働くことが求められていました。そんな時代を象徴するのが三共(現:第一三共ヘルスケア株式会社)のビタミンドリンク「リゲイン」のテレビCM。
「24時間戦えますか」というキャッチコピーは、まるで過労〇を推奨するような刺激的なフレーズ。三共はオン・オフともに活動的なビジネスマンをイメージしたと言いますが、とてもそうは聞こえません。
このCMが話題となっていた当時、ぼくは「リゲイン」を薬局・薬店に売り歩く薬問屋のセールスマンでした。朝早く出勤して夜遅くまで得意先を回り、翌日は二日酔いで出勤。まさにリゲインを飲みながら戦っていた日々。ウィーンな気性のぼくは、つくづく嫌気がさしていたものです。
そんな時代にウィーンを舞台にした今作が作られたのは、社畜まっしぐらなジャパニーズ・ビジネスマンに警鐘を鳴らしたかったのではないでしょうか?
故郷のかたまりみたいな寅次郎
ドナウ川のほとりを歩きながら「美しき青きドナウ」のメロディーを口ずさむ久美子。そのあとに寅次郎は「大利根月夜」を歌います。モーツァルトやベートーヴェンを産んだ街でド演歌を歌うミスマッチこそ、ぼくらの寅次郎です。
このとき、寅次郎は故郷の柴又を流れる江戸川を思い出していたのか、それとも寅次郎にとって世界じゅうの川は海づたいに江戸川へと続く支流のようなものでしょうか。ドナウ川のほとりで演歌を歌う寅次郎に、久美子は祖国の日本を見ます。
「寅さんて不思議ね。故郷のかたまりみたい」
久美子は寅次郎と出会ったことで里心がつき、日本へ帰ることにしました。しかし、それは恋人のヘルマンとの別れを意味します。
ウィーンは坂口にとって最高の転地療養?
自〇を図るまで企業戦士として働きづめだった坂口は、自由気ままな寅次郎と知り合ったことで別の生き方があることを知ります。そして、念願のウィーンに行くことを決めて寅次郎を同行させます。
ウィーンに来たとたん、坂口は元気いっぱい! 言葉も通じずホテルにこもっている寅次郎とは対照的に、美術館に行ったり、舞踏会に行ったり、パブで地元の人たちと盛り上がったり。
とても数日前に自〇しようとしたとは思えないほど精力的に楽しい日々を過ごします。そして足手まといになっている寅次郎の存在に、ようやく自分が病気だったと気づきます。
生き方なんて、ひとつじゃない。ほんとうは、もっと多様な生き方があり、それに気づきさえすれば生きる道なんてたくさんある。坂口の気づきは、ぼくたち多くの日本人にとっての気づきでもあります。
社畜として生きることに疑問をもつ満男
大学受験に失敗して予備校に通い始めた満男は、就職しても定年まで満員電車に揺られる日々が続くのかとウンザリします。
「うらやましいなぁ。伯父さんはそういう生き方を否定したんだろ?」という満男に、「伯父さんは否定したんじゃなく、世の中から否定されたのよ!」と、さくらは叱ります。
80年代はまだ終身雇用があたりまえで、定年までは社員という身分が保証されていた時代でした。しかし、その引き換えとして命令には必ずYes!と答えなければなりません。24時間戦えと言われれば、No!とは言えないのがジャパニーズ・ビジネスマン。生活の保障と引き換えの働き方は、懲役のようです。
ところが、バブルがはじけたあとはリストラブーム。大船に乗ったつもりが泥船だったなんて、リアル「タイタニック」な目にあった人も多かったでしょう。
終身雇用制度は自社だけに通用する人材を育成してきたので、転職がむずかしいのが難点。だから横断的なスキルを磨こうという建前のもと、日本政府や経済団体は欧米流の「ジョブ型雇用」への移行を推進しようとしています。
しかし、政府や経済団体の本音は従業員を解雇しやすくし、ほとんどの労働者を非正規に置き換えることです。経営に参画できる「優秀な人材」だけを社員にして、あとの労働力は必要に応じて調達できるようにしたいということです。
そのため、最近は「リスキリング」と言って、学び直しを繰り返して自分の能力・価値を向上させ続けようという動きが注目されています。しかし、70歳になっても80歳になっても、そのときに世の中で要求される水準のスキルを学び続けることはできるんでしょうか?
ましてや、AIが普及し始めた時代に、これから求められるスキルが何か具体的に挙げられる人は少ないでしょう。ICT系のエンジニアは今後も需要があるでしょうが、単純なプログラムはAIが書いてくれるのでプログラマだから安泰とは言えません。
AIが苦手な建設土木系のいわゆる「ガテン系」な仕事は、これからも人間の臨機応変な動き方に勝てないでしょう。しかし、そうした仕事は年齢を重ねるほど働くのがむずかしくなります。
そんな先の状況が見えない今の時代は、むしろ自分から既存の社会を否定し、自分だけの生き方を模索するほうが最善の策のように思えます。寅次郎は型にはまった生き方を諦めて、自分にとって一番ラクな生き方を選んだところに先見の明があったのかもしれません。
寅次郎と一晩過ごした坂口は、「あなたは何者ですか?」と訊きます。「旅人」と答えた寅次郎は、「いいことばかりじゃないが、好きで入った道だからしょうがない」と言います。こう言える人が、ほんとうに幸せな人じゃないでしょうか?
「男はつらいよ」が今でも多くの人たちに楽しまれている理由は、寅次郎のように自由な生き方をしてみたいと思う人が多いからでしょう。ほんとうはウィーンの人たちのようにバランスのとれた人生を送りたいのに日本ではできない。それが、この国にとって一番の根深い問題かもしれません。
3度目のマドンナを演じた竹下景子
今作のマドンナ久美子を演じたのは、当時36歳の竹下景子。「男はつらいよ」シリーズには32作「口笛を吹く寅次郎」で初出演。寅次郎とは互いに好きあいながら擦れ違ってしまったお寺の娘を好演。この作品はシリーズの中でもぼくのお気に入りで、竹下景子の庶民的な魅力を充分に引き出していると思います。
38作「知床慕情」では三船敏郎が演じる獣医の娘役。今作でウィーンのマダムを演じた淡路恵子ともここで共演しているので、山田洋次監督は、よほどこの二人の組み合わせが気に入ったようです。
「男はつらいよ」は2019年に公開された「男はつらいよ お帰り 寅さん」で幕を閉じましたが、竹下景子は全50作で3度のマドンナを演じ、リリー松岡役の6回に次ぐ出演回数となっています。

