作品概要
「男はつらいよ 望郷篇」は1970年8月26日公開のシリーズ5作目にして、ほんらいは最終作となる予定だった作品。
地道な暮らしに収まることのできない寅次郎のダメさにホッとさせられると同時に、地道に生きられることさえ幸運となってしまった日本の現状について考えさせられます。
ドラマ版のレギュラー陣も登場して、新旧さくらの共演も見どころです。
評価:★★★★★
主なキャスト
- 車寅次郎:渥美清
- さくら:倍賞千恵子
- 竜造:森川信
- つね:三崎千恵子
- 博:前田吟
- タコ社長(印刷会社の社長):太宰久雄
- 登:津坂 匡章まさあき(秋野太作)
- 源ちゃん:佐藤蛾次郎
- 澄雄:松山省二
- 富子:杉山とく子
- 剛:井川比佐志
- 節子:長山藍子
あらすじ
ふだんは風の吹くまま気の向くままに生きる寅次郎ですが、かつては大親分と言われた恩人の哀れな最期を見たことで、今まで目を背けてきた我が身の行く末を考えます。
旅をやめて豆腐屋で働き始めた寅次郎ですが、目当ては美人の一人娘というよこしまな動機。結局は失恋して、また元の暮らしへと戻っていきます。
感想・考察
『男はつらいよ』は旅から旅への寅次郎と、地に足をつけて生きる「とらや」ファミリーとの対比が特徴的に描かれますが、今の時代に観ると、自由に生きられる寅次郎のほうがうらやましく感じます。
今作が公開された1970年はまだ高度経済成長期。贅沢はできなくても地道に生きていれば、そこそこ平凡な幸せが手に入れられた時代だったのかもしれません。
そうした多くの地道な人たちが社会を作っているからこそ、寅次郎のような風来坊もそこで生きていけるんですね。地道な人たちがそこそこ報われているから、社会全体にも異端児を受け入れる大らかさや余裕があるわけです。
じゃなけりゃ寅次郎のような学歴も職歴もない人間が、小さな豆腐屋とはいえカタギの仕事に就けるはずありません。今なら寅次郎のような人は書類選考どころか、ハロワで紹介すらしてもらえないかもしれませんね。
当時はここに出てくる豆腐屋のような個人商店がたくさんありました。ウチの近くにも食料品や雑貨を扱う商店や、駄菓子屋、床屋、クリーニング屋、文房具屋、そして団子屋もありました。
そうした個人商店も大資本に淘汰され、自力で小商いを営みながら生きていく道を絶たれていきました。そうなると、ほとんどの人たちはどこかに雇用されなければ生きていけません。そして、採用するかどうかは相手次第。
今の世の中、地道に生きていくことはケッコウむずかしいのが問題じゃないでしょうか? 少子化問題だって、地道に生きても家庭を持てないほど貧しいのが原因です。
仕事がないのも貧しいのも全部「自己責任」と言われる今の日本では、地道で平凡に生きていけることが「贅沢」とすら言えます。今の時代なら、きっと寅次郎は生きていけなかったでしょう。
今作は劇場版『男はつらいよ』シリーズの最終作となる予定でしたが、3作目「男はつらいよ フーテンの寅」と4作目「新・男はつらいよ」の出来に不満だった山田洋次監督は、自分が監督に復帰して納得のいく作品として終わらせたかったようです。
そのため、今作は長山藍子、杉山とく子、井川比佐志と、ドラマ版のキャストを迎えた豪華なゲスト陣となっています。
とくに長山藍子と倍賞千恵子が画面の中に並ぶシーンでは、「こっちが『元祖』さくらよ!」「なに言ってんのよ。こっちが『本家』さくらよ!」という、二人の女優の心の叫びが聞こえてきそうです。
最終作として製作されただけに、今作は初期の作品の中でも珠玉の一作。もし、どれから観ようか迷っているなら、今作から観始めても必ず満足できます。

