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男はつらいよ 寅次郎紅の花(48)末期がんの渥美清が残した最後の寅さん

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男はつらいよ
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作品概要

「男はつらいよ 寅次郎紅の花」は1995年12月23日公開のシリーズ48作にして、渥美清が生前に寅次郎を演じた最後の作品となりました。

山田洋次監督も今作が最後になると予感していたため、寅次郎のマドンナにはリリー、満男のマドンナには泉が登場し、シリーズ初となるダブルマドンナの共演となっています。

評価:★★★★☆

主なキャスト

  • 車寅次郎(主人公):渥美清
  • さくら(妹):倍賞千恵子
  • 竜造(叔父):下條正巳
  • つね(叔母):三崎千恵子
  • 博(さくらの夫):前田吟
  • タコ社長(隣りの印刷工場の経営者):太宰久雄
  • 三平(くるまやの店員):北山雅康
  • 佳代(くるまやの店員):鈴木美恵
  • 源ちゃん(寺男):佐藤蛾次郎
  • 満男(寅次郎の甥):吉岡秀隆
  • 礼子(泉の母):夏木マリ
  • 泉:後藤久美子
  • リリー:浅丘ルリ子

あらすじ

阪神・淡路大震災のあと、いっこうに音沙汰のない寅次郎を心配する「くるまや」の人たち。ところが、テレビに被災地でボランティアをしている寅次郎の姿が映った。

皆がホッとしていたころ、「くるまや」に寅次郎を訪ねてきた男がいた。神戸でパン屋をしているというその男から、寅次郎が被災者の先頭に立って活躍してくれたこと、しかし芸者上がりの女性に失恋して神戸を去ってしまったことを聞く。

おなじころ、満男のもとへ泉が訪ねてきた。久しぶりの再会に浮かれる満男だが、泉は岡山に住む医者の息子との縁談があるという。泉は満男の気持ちを確かめるために来たが、気が動転した満男は素直な気持ちを伝えることができず、そのまま別れてしまった。

結婚式の当日、泉の乗る車の前に満男の車が立ちはだかり、式は中止に。満男はあてもないまま奄美大島に辿りつき、そこでリリーと寅次郎に会う。

感想・考察

渥美清が生前に文字どおり命を削って演じた最後の寅さん。このころは肝臓がんが肺にまで転移しており、入退院を繰り返しながらの撮影だったようです。

ふつうなら撮影などできる状態ではないでしょうが、望まれているあいだは寅さんをやると決意していたのかもしれません。しかし、さすがに弱音を吐くこともあったといいます。

 渥美さんは、二、三本前の『寅さん』から本当につらそうでした。
「本番!」
 の声がかかると、いっしょけんめい気力をふりしぼって芝居に臨みましたが、待ち時間やテストの間、私にむかってしんどそうに、
「俺、もういいよ」
 なんて、何度も力なく言ったりしてました。

 倍賞千恵子「お兄ちゃん」廣済堂

山田洋次監督もそんな渥美清の様子に今作が最後になるかもしれないと予感して、寅次郎にとって永遠のマドンナであるリリーを登場させます。そのリリーを演じた浅丘ルリ子もつらそうな渥美清を見て「寅さんとリリーを結婚させて」と監督に頼みました。

映画の終盤「どこまで送っていただけるんですか?」と訊くリリーに、「男が送るっていうのは、その女の玄関までってことよ」と答える寅次郎。リリーの家がある奄美大島へ向かった二人は今度こそ結ばれたと思いきや、正月に届いたリリーからの手紙に寅次郎はまたどこかへ行ってしまったと書かれていました。

寅次郎はまた風来坊の生活に戻ってしまいましたが、きっと晩年はリリーと一緒になって、どこかでノンビリ暮らしていたんじゃないだろうかと思わせます。というより寅さんファンならみんな、そう思いたいんじゃないでしょうか。

「男はつらいよ」シリーズもここでスパッと終わってくれれば良かったんですが、このあとも山田洋次監督は次回作を撮る予定でした。

現在のシリーズでは「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」が49作目となっていますが、もし渥美清が存命だったら「男はつらいよ 寅次郎花へんろ」というタイトルで、四国の高知県を舞台に西田敏行と田中裕子が兄妹を演じ、満男と泉は結婚する筋書きになっていました。

しかしそれも叶わなくなったため、49作に予定していた出演者を使って制作したのが『虹をつかむ男』でした。

映画『虹をつかむ男』感想・レビュー(ネタバレあり):ほんとうは『男はつらいよ』49作になるはずだったけれど……
松竹を代表する人気映画の『男はつらいよ』、1996年にはシリーズ49作目として『寅次郎花へんろ』の撮影が予定されていました。しかし主役の車寅次郎を演じる渥美清が8月4日に亡くなったため、西田敏行や田中裕子ら同作に予定されていたキャストのまま...

撮影をひかえていた96年の6月、倍賞千恵子をはじめ主だった関係者が会食をしたとき、渥美清は店を出てから名残惜しそうにみんなを見送っていたといいます。倍賞千恵子「お兄ちゃん」より再び引用します。

 玄関へ出てから渥美さんはまだ話したりなさそうにみんなが帰っていくのを見送っていました。
 側に行って、
「じゃあね」
 って握手したのですが、私の手を握りながら、まだみんなの方を見ていて、別れてから何だか大事なことを渥美さんと話し忘れてきたような、落ちつかない気持ちになりました。

この会食では49作目の話もされていたようですが、渥美清自身はもう自分の体がもたないことをわかっていたのかもしれません。

倍賞千恵子のもう一冊の著書「倍賞千恵子の現場」によると、今作の撮影終盤、渥美清は最後の出番を撮ったあと、何度も「くるまや」のセットを振り返っていたそうです。このときはもう二度と寅次郎を演じることはないと覚悟していたのかもしれません。

しかし当時の渥美清の体調を思うと、映画ってそこまでして作るものなのか? という疑問がわきます。

寅次郎は社会にとってのセーフティーマージン?

テレビに映った寅次郎の姿に安心した日の夜、博は満男にこう言います。

「兄さんのように、既成の秩序や価値観とは関係のない滅茶苦茶な人が、ああいう非常事態では意外なチカラを発揮する、そういうことになるのかな」

このセリフを聞いて思い浮かんだのが「働きアリの法則」です。

働き者の代名詞のように言われるアリですが、せっせと働いているアリは群れの中の2割だけ、そこそこ働くアリが6割、サボっているアリが2割の比率になっています。しかし、サボっているアリばかりを集めて新しい群れを作ると、やっぱり同じ割合になるそうです。

群れの存続に危機が訪れたときのために、いざとなったら本気出すアリが2割ほど必要ということでしょう。人間もアリと同じく群れを作る生き物ですから、2割くらい怠け者がいるのが健全な構成比なのかもしれません

政治家が「一億総活躍社会」なんて言っている時点で、この国は破滅の道を進んでいるような気がします。もっと寅次郎のような、いざとなったら本気出す系の人材こそ、今の日本に必要じゃないでしょうか? ええ、わたしならいつでもその2割になりましょう!