作品概要
松竹を代表する人気映画の『男はつらいよ』、1996年にはシリーズ49作目として『寅次郎花へんろ』の撮影が予定されていました。しかし主役の車寅次郎を演じる渥美清が8月4日に亡くなったため、西田敏行や田中裕子ら同作に予定されていたキャストのまま『虹をつかむ男』が「渥美清 追悼作品」として制作されました。
今作は衰退する映画産業で夢を追い続ける中年男と、就職氷河期に直面し明日が見えない青年との交流を通して、従来の価値観が崩れた世の中で生きていく葛藤が描かれています。
- 監督:山田洋次
- 脚本:山田洋次、朝間義隆
- 上映時間:120分
- 公開年月日:1996年12月28日
主なキャスト
- 活男(映画館「オデオン座」の館主):西田敏行
- 亮(就職浪人の青年):吉岡秀隆
- 八重子(活男のマドンナ):田中裕子
- 常さん(映写技師):田中邦衛
あらすじ
就職浪人の亮は父親とケンカになって家を飛び出してしまう。四国の徳島に流れ着いた亮は、古ぼけた映画館「オデオン座」を営む活男に誘われ働くことになった。好きな映画を一人でも多くの人に届けたいという活男に、亮はこれまで見たことのない生き方を知る。
感想・考察 まじめに働いても報われない時代の始まり
オープニングで亮(吉岡秀隆)のナレーションが流れてくると、思わず『北の国から』かっ! と突っ込みたくなりますし、八重子(田中裕子)と亮が山の上から集落を見下ろすシーンは、渥美清が金田一耕助を演じ、吉岡秀隆の映画デビュー作でもある『八つ墓村』のパロディーか? と考えてしまいます。
就職浪人の亮は全国を旅しながらフリーター生活を送っていますが、べつに好んでそうしているわけではありません。
バブル景気が崩壊し「就職氷河期」や「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれた亮たちは、大学を出ても就職が困難だった世代です。
1997年には山一證券の廃業や北海道拓殖銀行の経営破綻など、バブルの反動が一気に吹き出した時代でした。このころを機に、日本の労働環境は大きく変貌します。
戦後の日本は多少の浮き沈みはあったものの、おおむね順調に経済成長を続けてきました。そうした時代は新卒で企業に入り、定年まで勤め上げるのが、もっとも安定した生き方でした。
とくに亮の父親(前田吟)は「護送船団方式」と言われたほど行政に保護された金融機関で生きてきた人ですから、無遅刻・無欠勤だけが自慢と亮に言われるほど「まじめに」していれば良かった世代。
そんな過去のぬるい価値観しか知らない父親の生き方に、就職氷河期&ロスジェネの亮が疑問を持つのは当然です。
こうしたテーマは『男はつらいよ 寅次郎の縁談』でも描かれていました。
就活がうまくいかずに落ち込む満男(吉岡秀隆)は、父の博(前田吟)と口論になり家出。四国の小さな島で年老いた島民に頼りにされながら過ごし、看護師の彼女もできます。しかし最後は迎えに来た伯父の寅次郎(渥美清)と東京へ帰ってしまいます。
満男はあのまま島に残ったほうが幸せだろうと思いましたが、今作でも亮は四国で活男たちと一緒に暮らしたほうが良かったんじゃないかと思います。
活男は亮に一生の仕事を見つけて世帯を持てと言いますが、それができりゃ苦労しないのが、このころから今に続く時代です。
手探りで生きる男たちと、男に逃げる女
一人でも多くの人に映画を届けたい。そんな自分の好きな道でしか生きられない活男。
「時代ガチャ」でバブル崩壊後というハズレを引き、これからの生き方を手探りで模索する就職浪人の亮。
不安定な時代を必死に生きようとする男たちの一方で、人生の不安を結婚という昔ながらの方法で回避する八重子が対象的です。
結婚生活では苦労した八重子ですが、夫の死後は実家に戻り、父親に出してもらった赤字続きの喫茶店を自分の居場所にします。
しかし庇護してくれた父親が亡くなり兄の目が気になると、内密に交際していた男性との再婚を速攻で決めてしまいます。それが活男の気持ちを裏切ることになると承知しながら。
活男がフラレキャラなので自然な展開に見えてしまいますが、八重子はかなりズルい女です。
活男と亮がもがきながら必死に生きているのとは対象的に、八重子は常に男に寄生しながら生きています。もし活男に経済力があれば、八重子は他の男と再婚はしないでしょう。
まともな給料を払わない活男を見限ろうとした亮に、八重子は暗に咎める言い方をしますが、そのくせ自分は貧乏な活男を捨てて他の男に逃げてしまう。
今作は必死に生きる男たちの一方で、男に寄生し続ける女のズルさが対象的に描かれています。
娯楽の多様化とビデオの普及で衰退した映画産業
劇中「オデオン座」で上映された『ニュー・シネマ・パラダイス』という古いイタリア映画。
映写技師の常さん(田中邦衛)に、どんな映画だと訊かれた活男は、かつて人々の娯楽を担った映画館が衰退し最後は閉館してしまう、とあらすじを語ります。
この作品をストーリーに入れたのは、当時の日本も映画館が減っていく最中だったからでしょう。
1976年には全国で3,000件近くあった映画館も、今作が公開された1996年ころは2,000件を下回っています。
その理由はご想像どおり、レンタルビデオ店の増加です。
1985年ころに1,000店足らずだったレンタルビデオ店は、1990年までのたった5年間で13,000店以上に急増します。
それだけ急成長を遂げたレンタルビデオ業界も、現在は配信サービスの普及に押され、2020年には3,000件足らずに減少しています。
「オデオン座」のような小さな映画館が出てくる映画としては、2021年に公開された『キネマの神様』(山田洋次監督作)もありました。
やり直しが効かず老後まで働かなければならない日本社会の問題点を描いたこの映画も今作と同じく、日本という国のいきづらさを表しています。
興味のある方は、ぜひ今作と併せてご覧ください。